108.梅雨時、陽碧学園の廊下にて!
「なにやってんすか」
ゴオオッ、と俺の足元をボーリングの球が横切った。
数秒後、廊下の奥からピンが倒される音が聞こえる。
「ボーリングよ!」
第二投。
ボールは勢いよく放り投げられ、壁に数度激突しながら進んでいく。
結局、ピンが倒される音は聞こえず。
「ガターね!」
ガターらしい。
「壁、傷つきますよ」
「凍里達が補修してくれるわ!」
火之浦先輩が指さす先。
新樹先輩が補修の器材でせっせと傷を隠している。
新樹先輩の才覚が存分に発揮されていた。
「水無瀬先輩と土浦は?」
「凍里と萌揺は向こうでスコアの確認を行ってるわ!」
確かに、廊下の奥に二人の姿があった。
水無瀬先輩はバインダーに何かを書き込んでいる。
土浦はせっせとピンを再配置していた。
「で、これを順番に回してるんですか?」
「そうよ!」
「新樹先輩もやるんですか?」
「もちろん!」
じゃあ、新樹先輩が投げる時はちょっと面倒なことになるんだな。
あの傷の補修は新樹先輩にしかできんだろ。
「伊久留もやる?」
「いえ、風紀委員が来た時にすぐ逃げれるようにしたいんで」
「用意周到なのも、いいわね!」
いいのかよ。
「ちなみに、風紀委員が来たらどう逃げるんですか?」
「凍里に任せてるわ!」
いつも通りか。
とりあえず、水無瀬先輩に会いに行こう。
外は雨。
梅雨はまだ明けず。
放課後何するかって話の時に、ボーリングの話題が出たんだろ。
陽碧市にボーリング場はないしな。
「水無瀬先輩」
「あ、御形!! なんでこっちに来るのよ!」
「土浦には用事ないって」
「七夕祭りの仕事は終わったの?」
「はい。おかげさまで」
「リーダーが文句言わなかったのは珍しいけど」
放課後、生徒会から呼び出しを食らった俺。
七夕祭りの手伝いを、初衣ねえから頼まれたのだ。
学校の放送を使って呼び出されたから、もちろん青春同好会の面々にもバレている。
火之浦先輩だったら、「私も行く!」と言うと思ってたんだけど。
「じゃあ、待ってる!」とついてこなかった。
「何かあったんですかね?」
「さあ。リーダーの考えてることは、あまり予想できないから」
「ぷぷ。御形に愛想を尽かしたんじゃない?」
「萌揺、球を向こうに持ってって」
「え、えぇえ!? 重いから嫌なのにィ!!」
土浦は水無瀬先輩の指示に渋々従った。
本当に重いのだろう、左右にユラユラ揺れながらゆっくり進んでいる。
「それで、どうしたの?」
「ああ、風紀委員が来たらどうするつもりなんだろうって」
「風紀委員に追われる理由はない」
「……? なぜ」
「証拠は隠滅してるからね」
「新樹先輩がやってるあれですか?」
「風紀委員は証拠がないと追うことができないから」
なんという力技。
「風紀委員がここに居座ったら終わりじゃないですか?」
「そうなったら萌揺に頼んで、偽情報流して風紀委員を散らせる」
「土浦って便利ですね」
「こういうの、本当に得意だから」
「じゃあ、本当に大丈夫なんですね」
「懸念点があるとすれば、治せないほどの損傷が出たときぐらい」
ガッシャアアアアアン―――。
水無瀬先輩の言葉の直後、火之浦先輩達の方から聞こえてくる。
これは、多分、ガラスが割れた音かな?
「ごめんね!!」
遠くから火之浦先輩が誤ってくる。
見れば、教室の窓ガラスが割れている。
廊下の方には破片が飛び散っていた。
「何しでかしたんですかね」
「球が見えないから、教室の方に投げちゃったんじゃない?」
土浦がゼエゼエ走りながら、こっちにやってくる。
少し息を整えて、状況の説明をしてくれた。
「ひ、陽乃女お姉ちゃんがぼ、暴投ッした……」
ボーリングの球を宙に簡単に放り投げられるのは、新樹先輩しかいないか。
とりあえず、青春同好会全員集合。
「ガラスは治せないですよね流石に」
「陽乃女、いける?」
「無理ですね~」
「流石、陽乃女! ボーリングの球を軽々とッ!」
「えへへ~」
「照れてる場合じゃないですよ」
「あ、あと少ししたら風紀委員が来るって」
「土浦に誘導させるのはどうですか?」
「証拠があるから無理」
「じゃあ、逃げるわよ! また喫茶店に集合ッ!」
火之浦先輩の一言で、青春同好会は逃亡を開始。
とは言っても、廊下は一本道。
どう逃げればいいんだ?
「とおッ!」
「うえええ!?!?」
火之浦先輩は少し離れた窓を開き、外へ思い切り飛び込んだ。
ここは三階。
飛び降りたら、タダじゃすまないぞ。
「ロープ、ありますから~」
「……ああ」
新樹先輩が、安全ロープが括られている場所を指差してくれた。
準備してたんだな。
そういえば、俺が青春同好会に初めて会った時。
ああやって、生徒会室から外へ飛び降りた記憶がある。
「準備が大事、とか言ってた気がするけど」
「あれから、この学校に色々と細工をしたんですよね~」
細工?
「じゃあ、私も失礼します~」
新樹先輩は階段の方に、素早く移動していった。
上に行ったみたいだが、屋上にでも行くつもりか?
「水無瀬先輩は……いないし」
忽然と姿を消した、水無瀬先輩。
「神隠し……?」
「ど、どどどどうしようッ!」
残されたのは、俺と土浦だった。
奥の方が騒がしい。
風紀委員がもうすぐここまでくるんだろうな。
「あの人達、少しは俺達のことを考えてくれても……」
「う、うっさい! 何も考えてないのが悪いでしょっ!!」
「それはそうだけど」
窓から飛び降りるのはなし。
あれは準備してないと、死ぬ。
水無瀬先輩のやつは、そもそもそのやり方が分からん。
あの人、どうやってその場から消えたんだ?
じゃあ、残るは新樹先輩。
屋上の方に行けば、いいんだろうが。
新樹先輩が向かった先、多分風紀委員がいるんだよな。
「逃げ場がないな……」
後は教室の中に隠れる、とか?
でも、教室の中に隠れることができる場所ってないんだよな。
教卓の下とか?
すぐバレルだろうけど。
「御形、これ」
「ん?」
土浦が俺にボーリングの球を手渡してくる。
めっちゃ重い。
「じゃあ、頑張って」
「は?」
土浦はそのまま教室の端の方へ。
そのまま窓の方を向いて、スマホを弄りだした。
まるで自分は関係ありませんよ、という風に。
「おい、御形」
「……はい」
風紀委員長の武見先輩から肩を叩かれた。
「この窓の説明をしてもらおうか……」
「僕は何も知りません」
「じゃあ、お前が持ってるボーリングの球はなんだ」
つ、土浦の野郎ッッ!!!
俺に全ての罪を擦り付けやがったッ!!
「あ、あそこに仲間が一人……いないしッ!!」
土浦が、もう教室のどこにもいなかった。
なんなんだ、あいつ!!!
罪を擦り付けられたのもイライラするが。
何よりアイツに嵌められたのが、腹立つ!!
「よし、まずは反省室に向かってもらう。話はそこで聞こう」




