107.人生初のお仕事です! ②
「ぷぎゃっ!!」
ドシン、と土浦が派手に転んだ。
少し先まで、土浦が運んでいたトレイが転がっていく。
「コップ、使わなくてよかったですね」
「汚れか何かで滑りやすくなってたのだろうか……」
「いや、多分彼女の才能ですよ」
「萌揺、大丈夫ッ!!」
「凄い音」
「鈍い音がしましたね~」
火之浦先輩は土浦の方へ駆け寄った。
水無瀬先輩と新樹先輩は、微笑ましげに笑っていた。
火之浦先輩に抱き起されて、土浦は真っ赤に染まった顔を下に向けている。
「ま、まあ、得手不得手ってあるから」
「そ、そうだね。御形君の言う通りだ」
俺と山本さんで、土浦のフォロー。
「萌揺はどんな仕事を担当する?」
「ん~、可愛い服を着て客呼びをしてもらいましょ~」
「いいわね! 萌揺の可愛さなら、百人なんて朝飯前よ!」
「う、嬉しいけど、嫌ァ!!!」
土浦の可愛い服か。
メイド服とか、似合いそうだけどな。
フリフリの。
「変な想像するな!」
「ぶふぁっ!」
土浦の投げたトレーが顔に激突した。
「見た感じ、当日は問題なくできそうだから安心したよ」
山本さんは土浦から目を逸らしながらそう言った。
「萌揺は彼がなんとかするんで」
「え、俺ですか?」
「それは安心だね」
「え、俺ですか??」
「次は何するの!」
「コーヒー作りもやったし、接客のやり方を教えたからね。あとは仕事に慣れてもらうだけだよ。ここで働いていけば、当日の動きなんて簡単だよ」
「今日は終了?」
「特にすることはないかな……?」
「じゃあ、ここでお茶をしていきたいわ!」
「もうお昼前ですから~」
「そうか。じゃあ、準備をしようかね!」
「メニュー表、いただいてもいいですか?」
「そうだね、はいどうぞ」
山本さんからメニュー表を受けとる。
青春同好会は一つのテーブルを囲んで休憩に入った。
土浦はまだ顔が赤い。
「思ったより安いですね」
コーヒーは二百円程度。
お菓子も、パンケーキやクッキーがあるが、どれも高くて五百円だ。
モーニングメニューやランチメニューなどもある。
だがやはり、どれもワンコインで済む値段だ。
「色々と節約して、この値段にしているらしいよ」
「学生向けってことですか?」
「それもあるけど」
「どのお客さんにも、ここのお店を楽しんでほしいんでしょうね~」
「とてもやさしいお店ね! 私、大好きになったわ!」
火之浦先輩もご満悦のようだ。
「じゃあ、私はこれ!」
「凍里ちゃんはおススメありますか~」
「私が前頼んだのは、これと」
先輩三人は、メニュー表を囲んで楽しそうだ。
一方、この女子生徒。
「ほら、土浦元気出せって」
「……るさい」
「誰にだって失敗はあるだろ」
「失敗しかしてないもん」
「次は成功するかもしれんだろ」
「それはあり得ないから……」
「案外、予想は外れるもんだって」
「うっさい」
「パンケーキでも食べようぜ」
落ち込んで、手すら動かない土浦に代わって。
パンケーキを二つ注文しておいた。
「大丈夫よ、萌揺! 私達がいるもの!」
火之浦先輩の一言に、土浦はちょっと笑った。
無理しているようにも見えるけど。
俺から慰められるより、火之浦先輩の方が幾分マシだろう。
「私達もサポートするから」
「心配しないでくださいね~」
「お、お姉ちゃん……」
土浦、感動している。
先輩三人の献身に。
俺には、どうやらしてくれないらしい。
「はあ」
「……何よ」
「いや別に。世話係も楽じゃないってな」
「世話された記憶なんかないからね!」
「へいへい」
全員の注文が完了し、山本さんは調理に入った。
数分後、先に全員分の飲み物が配られた。
次に、クッキー。
「私が頼んだの! みんなで食べましょ!」
クッキーを頼んだのは、火之浦先輩。
そしてまた数分後、全員分のお菓子が配られる。
俺と土浦のパンケーキ。
コーヒーゼリーと、プリンだ。
「私、コーヒーゼリー」
「プリン、いただきま~す!」
三時間ちょいの仕事を終えて、休憩タイムが始まった。
「仕事って、面白いわ!」
火之浦先輩は快活にそう言った。
「私もそう思いますよ~」
「陽乃女が仕事に熱中している理由も、少しわかった」
「な~ら~、手伝ってくださいよ~、凍里ちゃん~」
「それは嫌。まだ高校生だし」
「私も手伝ってるのよ!」
「え、そうなんですか!?」
新樹先輩の齟齬地に、火之浦先輩が携わっているのか。
火之浦先輩、何をしてるんだ?
「前、モデルを依頼したんですよ~」
「すっごい疲れたけど、とてもいい経験になったわ!」
「も、モデルですか!?」
火之浦先輩。
言動は色々と問題があるかもしれないが。
確かに、見た目はかなり素敵だ。
初めて会った時、先輩の姿を見て時が止まったもんな。
「写真ありますよ~」
「……」
「無言で前のめりになるの、凄いね」
「ちょっと、恥ずかしいわねッ!」
「お姉ちゃんの写真、私も見たことない!!」
新樹先輩のスマホ。
画面には、とても綺麗なドレスを来た火之浦先輩がいた。
赤を基調としたドレスを身に纏い、とびっきりの笑顔をこちらに向けている。
カメラに向けたピースサインが、なんとも火之浦先輩らしい。
「いいですね」
「そ、そう?」
「後で写真全部送りますね~」
「あ、ありがとうございます」
「わ、私も私も!」
「…………」
「モデルは絶対しないからね」
「凍里ちゃんにも、絶対似合う服を用意しますから~」
「それでまえ、幼稚園の制服持ってきた」
「ぶッ!!」
水無瀬先輩の幼稚園児姿か。
似合いそうなのが、また面白い。
「今度御形にスクミズ着せよう」
「へ?」
「とっても面白そう!」
「ん?」
「撮影室を予約しておきますね~」
「本格的じゃん!!」
水無瀬先輩の幼稚園児姿を笑っただけで、酷い仕打ちである。
「どう? 美味しいかい?」
と、山本さんがこちらにやってくる。
「とても美味しいわ! 今度色んな人にも広めてみる!」
「それは嬉しい。ぜひお願いするよ」
やめておいた方がいい、という助言をするのは無粋だろうか。
「コーヒーゼリーとかプリンも当日出すんですか?」
「一応、数量限定で考えているよ。流石に出店中に作るのは難しいからね」
「凍里、何とかならないの?」
「……ちょっと考えてみようかな」
相当コーヒーゼリーが気に入っているのか。
すでに、コーヒーゼリーのカップが空だった。
美味しさを広めたいからか、いつもより前向きに見える。
「このプリンもお願いしますね~」
「パンケーキは、作れるの……ですか?」
土浦が、初めて山本さんに質問した。
「パンケーキは焼くだけでいいからね」
「やった」
土浦もこのパンケーキが気に入ったらしい。
「僕もパンケーキ大好きなので、嬉しいですね」
「ふふ。じゃあ、パンケーキの作り方も今度教えてあげようかな」
「ありがとうございます。ふわふわなパンケーキの作り方、知りたいです」
「今度私にも!!」
「……まだ残ってますけど」
「ははは。そういうことじゃないんじゃないかな」
山本さんはそう言って、空いた食器を片付けて行った。
「じゃあ、教わったら、一緒に、作りますか?」
「一緒に? もちろんよ!!」
火之浦先輩はさっきの写真と同じ笑顔をくれた。




