106.人生初のお仕事です! ①
青春同好会全員で、まずは仕事のノウハウを教えてもらう。
七夕祭まで、一か月弱。
今後は各々の予定があるため、全員一度に集まるのは難しい。
だから、まずは最初に全員。
山本さんからの提案だ。
「そっちの方が、君達もやりやすいだろうしね」
山本さんが、ちらりと土浦の方を向いた。
「ありがとう!」
「朝から元気が良くて、気分がいいね。制服は皆、大丈夫かい?」
「凄く着心地がいいわ!」
「それは良かった」
青春同好会五人、喫茶レンテの制服を着ている。
茶色と深緑を合わせた落ち着いた印象を与える制服だった。
その上から、藍色のエプロン。
そして、左胸のところに各自のイニシャルが入った名札。
「結構凝ってますね。名札とか」
「ふふ。久しぶりの仕事仲間だからね。張り切っちゃったよ」
「猪飼先輩達がやめて、どれくらい経ったんですか?」
「彼女達が留学する前……去年の11月末だから、七か月は経ってるかな」
「本来は留年する予定だったのにね」
「え、そうなんですか?」
水無瀬先輩から、驚きの情報が。
「今回は、陽碧学園側との交換留学だったから、留年はなかったんですよ~」
「個人的な留学だったら、留年だった」
「水無瀬先輩、言い方が悪意ありますよそれ」
全然留年する予定ではない。
留年しない予定の留学じゃないか。
「二人がいないのに、悪態ついてもしょうがないでしょ」
「練習でできないことは、本番でもできないから」
「その格言を汚すのはやめてください」
「じゃあ、まずは当日の流れについて簡単に説明しようかな」
俺と水無瀬先輩の会話を遮るように、山本さんが仕事のレクチャーを始める。
七夕祭で、喫茶レンテはコーヒーとお菓子を提供する。
コーヒーは事前に用意する分と、当日豆から作る二種類用意する。
お菓子は普段喫茶店で提供しているものの中から何種類かを用意する。
まだ、提供するお菓子については決まっていない。
「お菓子については、ゆっくり決めようかなと思う。ここ最近の売れ行きとかもチェックした上で」
「ちなみに、市販のお菓子とかはダメなんですかね?」
「転売ね!」
「転売ですね~」
「姑息な考え」
「御形は馬鹿じゃん」
「ちょっとした質問じゃん!」
そこまで言わんでもいいだろ!!
「とても気に入られているんだね、御形君は」
「そ、そうですか……?」
「お菓子は少しずつ進めていく。まずはコーヒーだね」
山本さんは、テーブルの上に色々な器具を置いていく。
「こっちが事前準備用、こっちが当日用」
当日用に関しては、よくコーヒー豆を挽くときに使われる器具。
事前準備用は作り置きされた、透明の水筒に入れられたコーヒーの原液のようなものか。
「ミル」
「……何をですか?」
「水無瀬君、正解。コーヒー豆を挽くための機械だね」
「ぷっ」
「……知らなかったんです」
「ミルについては、少しずつ慣れていってほしい。もちろん、難しいのは私がやるけれど、メニューのいくつかは皆に作ってもらう必要があるだろうからね」
「やってみたいわ!」
「火之浦君もやる気みたいだし、まずはやってみようか」
山本さんが棚の下の方から、ミルを三つほど取り出した。
「古くて使っていないやつだよ。新しいのよりは、多少やりにくいだろうけど」
山本さんは次にコーヒー豆を取り出した。
「まずは、自分たちのために作ってみようか。一人一回、コーヒー豆を挽いてみて、違いを比べてみよう」
五人、全員元気よく返事を返す。
土浦も頑張っているようだ。
「豆の量やお湯の入れ方は私がやるから、まずは挽くことから」
「はい! 私が先!」
真っ先に、火之浦先輩が飛びついた。
山本さんは笑いながら、ミルの準備を始める。
「壊さないでくださいね、火之浦先輩」
「伊久留は、私のことなんと思ってるの!」
「時々やりすぎるから心配なんですよ」
「はは。古くて捨てる予定だったから、壊しても構わないよ」
「ですって!」
「ダメですからね、見てますからね」
「じゃ、私と陽乃女がペアでやるから」
「ついでに、萌揺ちゃんのお世話もお願いします~」
「や、やだ! 御形とは嫌、イヤイヤ!」
「当日戦力になる人に力を入れた方がいい」
「萌揺ちゃんに接客は難しいですからね~」
その意見には、同意する。
土浦が、接客をしっかりこなせるイメージが湧かない。
ただ、その世話係に自分が任命されているのには納得がいかない。
「優秀なお二方が、土浦の世話をするべきじゃないかと思うんですが」
「大丈夫。リーダーのお世話ができるんだから、萌揺のお世話もできる」
「そういうことでは……」
「伊久留! 味見してみて!」
「早速だし、作業早いですね!!」
「じゃあ、そういうことで」
と、水無瀬先輩と新樹先輩は少し離れたテーブルへ。
「さっきマスターに教えてもらったから、私が教えてあげる!」
山本さんは火之浦先輩に教えた後に、先輩二人のテーブルへ向かった。
強引に、二人を押し付けられたわけだが。
「あ、美味しい」
少し苦みがあるが、インスタントとは比べ物にならないぐらい美味しい。
味の違いが分からない俺ですら、分かる。
これが、しっかり豆から挽いたコーヒーか。
「これでいつでもコーヒーマスターよ!」
「流石、美琴お姉ちゃん!」
「じゃ、次土浦な」
「あんたが先にやんなさい、馬鹿御形!」
「はいはい」
というわけで、火之浦先輩の次に俺が実践。
火之浦先輩が隣に立って、やり方を教えてもらう。
ミルの挽き方は、意外と簡単。
問題は、どれくらいまで挽くべきかどうかってこと。
「勘よ、勘!!」
火之浦先輩のアドバイスはあてにはならない。
なんだよ、勘って。
「とりあえず、まずは挽いてみよう。どれくらいの度合いでどれくらいの濃さになるのかを体感することは大事だよ」
「あ、は、はい」
「わ、私、できるかな……」
「お前、そもそも挽くことすらできんだろ」
「なんなの、あんた!!」
「伊久留! 意外と筋がいいわね!」
火之浦先輩から謎のエールを受け取った。
とりあえず、粉の感じになったので、それを山本さんに渡した。
数十秒後、山本さんからコーヒーを貰う。
「火之浦先輩よりは、薄いな……」
「私はこっちの方が好き!!」
「……にが」
火之浦先輩からは評価が高い。
山本さんから、火之浦先輩と自分の挽いたものを受け取った。
火之浦先輩の方が、粒が小さい。
「コーヒーは挽けば挽くほど、コーヒーっぽくなるんだよ」
「ほお」
「次は萌揺よ!」
「う、うん……」
ミルが土浦の手元へ渡る。
コーヒー豆を入れて、土浦がレバーを握る。
「んッ!!」
ガリッ!
ちょっと、音が聞こえる。
「ん?」
覗く。
豆はまだそのままのままだ。
「終わり?」
「そんなわけ、ないでしょ……ッ!!」
「うーん。このままじゃ、そもそも作れないかな」
「……ふん!」
ガリッ、ガリリッ!
あ、ちょっと動いた。
「火之浦先輩?」
「どうしたの!」
「これって、力必要ですか?」
「少しね!」
「土浦って、結構力ない?」
「身体動かすことに関しては、人類最弱よ!」
「お、お姉ちゃん、言いすぎ!」
ゴリ、ゴリゴリゴリ。
ようやく、少しずつ動き出す。
それでも、俺が回していた時の数十倍遅い。
「せ、世話役なら、て、手伝いなさいよ!」
「都合いい時だけ、その言葉を使うなよ」
「頑張るのよ、萌揺!!」
「ん、ううぅ!!!」
火之浦先輩の応援で、土浦はより一層力を籠める。
引き始めて、五分程度でようやく合格を貰える。
「……うっす」
「これなら、私の方がまだマシね!」
土浦のコーヒーは、コーヒーの成分が抽出されていなかった。
コーヒーの風味がする、水。
「ふむ」
「時間かかって、これか……」
「萌揺、元気出して!!」
「うう……」
「土浦君には、当日接客をしてもらおうかな」
七夕祭まで一か月弱。
その期間を持っても、土浦の作業スピードを変えることはできないみたいだ。
よりにもよって、苦手な接客へと移動させられる。
土浦の顔が、なんとも申し訳なさそうで。
少しだけ、可哀そうだな、と思った。




