110.仕事からの帰り道 with 火之浦美琴!
「雨ね!」
「ですね~」
「いつ梅雨は終わるのかしら!」
「分からないですね~」
「もう! 伊久留、元気ない!」
「いや別にそういうわけでは……」
外はすでに暗く、雨は依然降り続けている
俺と火之浦先輩は一緒に歩いて寮を目指していた。
「伊久留、顔が見えないわ!」
「傘のせいですね」
「顔を見て、会話したい!」
「雨を止ませないと無理ですねー」
道路は水たまりばかり。
踏んでしまえば、靴が濡れて、最悪靴下まで浸水だ。
だから、下をできるだけ注意して歩く。
視線が下にいくのだから、火之浦先輩の要望には応えられない。
「雨もいいけど、そろそろ晴れた日に何かしたいわね!」
「そうですね。雨だと屋外で遊ぶのは難しいですから」
「行動範囲狭まるのは、少し嫌!」
「火之浦先輩って、雨の日でも外で遊びそうだと思ってました」
「一人だと遊べるかもだけど、それじゃ楽しくないわ!」
火之浦先輩、一人でも進んでいくタイプだと思ってたけど。
「やるなら、同好会のみんなも一緒よ!」
「それは、嬉しいですね」
「伊久留がそう言ってくれて、とても嬉しい!」
と、火之浦先輩が言った直後、
「失礼するわ!」
「はあ!?」
「これで顔が見れるわね!」
火之浦先輩が俺の傘の中に割り込んできた。
あ、相合傘ッッ!!
初衣ねえとも、やったことのない相合傘だ!
まさか初めての相手が、火之浦先輩だなんて。
「ふふ! 伊久留、顔が赤いわ!」
「そりゃそうでしょ! あ、相合傘だなんて……」
「相合傘、そう、相合傘! やってみたかったの!」
やってみたかった、って……。
なら、水無瀬先輩とか新樹先輩とかいるだろう。
「い、今はやめてくださいッ!」
「どうして!」
「ど、どうしてもですって!」
喫茶店での仕事中。
山本さんやお客さんから言われたこと。
「いや、ふふ。青春だと思ってね」
「あれ、君の彼女かい?」
そんな言葉に当てられて、火之浦先輩を妙に意識してしまう。
今まで青春同好会として活動している時は何も考えなかった。
「濡れちゃうから、もう少し近づいて!」
「ちょ!」
火之浦先輩の顔が急に近くなる。
傘を持つお互いの手が重なる。
反射的に手を離そうとするが、できない。
俺の手の上を火之浦先輩の手が覆うようになっていた。
「ほら、伊久留の肩も濡れてる!」
「じゃ、じゃあ、別々の傘でいいじゃないですか!」
俺が横に避けても、火之浦先輩も同じぐらい動いて近づく。
肩と肩が触れ合うか触れ合わないかの距離の中。
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、道を進んでいく。
多分、さっき火之浦先輩が指摘した時よりも、顔が赤くなっていると思う。
だって、どんどん心臓の動きが早くなっているから。
「ほら、近くに来て!」
「―――ッ!!」
火之浦先輩は、何を考えているのだろうか。
俺はいつもと変わらないようには思える。
話し方も行動も、いつもの火之浦先輩だった。
この相合傘だって、本当にしたかっただけなのかもしれない。
なんとなく、そう思う。
「はあ……あっ」
無意識にため息をしてしまった。
火之浦先輩が俺を覗き込んでくる。
「やっぱり、今日の伊久留変よ」
「……いつもと変わらないです」
「学校で何かあった?」
「まあ、反省室には入れられましたかね」
この反省室に関しては、巻き添えだからな。
俺はボーリングに加担してなかったのに。
ただ、火之浦先輩が指摘してる件の理由にはならないな。
反省室も、慣れてしまった。
おかしなことだと思うけど。
「火之浦先輩が、気にするほどのものではないです」
「それでも、心配」
「それは、ありがとう、ございます」
「だから、もう少し近づいて!」
「ダメです。火之浦先輩が濡れてしまいますし」
火之浦先輩はいつもと変わらず笑っていた。
笑いながら、俺の傘を持って前へ引っ張っていく。
近づいて、と言いながら。
火之浦先輩は俺から離れていく。
「ちょっと! 濡れますって!」
「じゃあ、伊久留もついてきて!」
「ちょおおい!」
どんどん道を進んでいく。
さっきまで水たまりに足を突っ込まないように歩いていたのに。
結局、水たまりにどんどん足を突っ込んでいく。
靴を抜けて、靴下にまで水を感じ始めた時。
「きゃあ!」
火之浦先輩が、水たまりで滑ってこけた。
前の方ではなく、後ろの方に向かって。
火之浦先輩に引っ張られていた俺は、火之浦先輩の身体を受け止める。
「どああ!」
突然の出来事だったので、火之浦先輩の勢いはそのままに。
俺も一緒に転んでしまう。
「つうぅ……」
背中がめっちゃ痛い。
水たまりの上だったけど、衝撃は全然吸収されていない。
「だ、大丈夫!」
俺が抱きかかえたままだった火之浦先輩。
身体ごと俺の方に振り返る。
「も、問題はありませんけど……」
目と鼻の先に、火之浦先輩の顔があった。
今までに見たことのない、表情。
凄く焦っていて、凄く困った表情をしていた。
「き、気にしないでください。雨で滑りやすくなってましたし」
「でも、滑ったのは私のせい!」
「と、とりあえず……」
「どこか怪我してない? きゅ、救急車!」
「だ、大丈夫なので、その、離れてもらっていいですか?」
目と鼻の先に、綺麗な火之浦先輩の顔がある。
そして火之浦先輩は俺に覆い被さっている。
第三者から見れば、俺達はそういう関係に見えるだろうな。
青春同好会の先輩と後輩、で有名だし。
「伊久留! まずは怪我の確認よ!」
「それは、どこか雨宿りできる場所でしましょう!」
離れようとしない火之浦先輩を押しのけて立ち上がる。
火之浦先輩の腕を掴んで、近くの屋根のある場所を探す。
二人で、少し離れた屋根付きベンチに向かって走っていった。
「二人とも、ずぶ濡れね!」
「寮まで歩いて十分もかからないだろうし、急いでいけば……」
「凍里か陽乃女に連絡して、色々と準備してもらうわ!」
「まあ、それがいいでしょうね」
大丈夫だとは言ったけど。
腰が結構痛い。
地面と激突した衝撃の痛みもあるけど。
転んだ時に背中に擦り傷ができたのか、ヒリヒリする。
「凍里と陽乃女が迎えに来てくれるって!」
「そうですか……はあ」
ここから自分の寮まで移動するのも、少し面倒だ。
ここは、水無瀬先輩と新樹先輩に任せるとしよう。
ベンチに座って、一息つく。
「……伊久留?」
俺の隣に火之浦先輩が座る。
申し訳なさそうな声色で、俺の名前を呼んだ。
「大丈夫ですって。火之浦先輩の無茶に付き合わされているのは、いつものことでしょ?」
「で、でも……」
「大丈夫です。火之浦先輩に怪我がなくて、良かったですよ」
大丈夫だ、と嘘をついて、火之浦先輩の顔を見れない。
いや、多分、顔を見れないのはそんな理由ではなかった。
陽碧学園に入学してから二ヶ月。
火之浦先輩に出会って二ヶ月。
青春同好会に入って二ヶ月。
俺は初めて、火之浦先輩への好意に、気づいたのだと思う。
火之浦先輩が、俺のことをどう思っているのか。
そんな小さなことが気になったのも、そういう理由なのだろう。
火之浦先輩に聞こえないぐらいの小声で、
「はあ。全く、なんて日なんだ」
そう言った。




