第七十八話 相談ではなく
神殿へ向かわせたベネルが戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
聖女が無事であることは、先に報告を受けていた。血の提供を求められたこともなく、商品が作られた形跡もない。
ただ、問い合わせには、販売部が確認すると答えたままになっていたという。
売るつもりはないと、司教は繰り返したらしい。
ならば、事が大きくなる前に、そう答えておけばよかったのだ。
聖女本人へ話を持ち込む者が出てからでは、遅い。
「問い合わせた者も調べよ。金を送った者がいれば、その金の行き先まで確かめろ」
ベネルがうなずき、調査した記録を机へ並べた。
令嬢の名と、採血の日付。製造した数、販売した数。
そのうちの一つに、見覚えのある家名があった。
昨年、父親に連れられて挨拶へ来た娘だ。
緊張していたのか、こちらを見るたびに顔を伏せていた。父親が紹介を終えると、覚えてきた言葉を間違えずに話そうと、ゆっくり口を開いた。
その名の横にも、金額がある。
価格は、提供者の年齢や家格によって変えているという。
王城で名乗るために覚えてきた家名を、神殿では商品の値を決めるために使っていた。
本人や家族からの申し入れも、まとめられていた。
販売をやめてほしい。名前や肖像を使わないでほしい。施術のあと、身体がつらくなった。
昨日までの報告では、不調を訴えた者が増えているとしか分からなかった。
今は、その一人ずつに名前がある。
「提供をやめた者には、もう求めさせるな。名前や肖像を使い続けているものも、止めさせろ」
「承知いたしました」
「身体を崩した者への対応は」
神殿内で施術を認めた者と、安全性を確かめた者を調べている。ただ、その判断の根拠となる記録は、まだ提出されていないという。
大丈夫だと説明した神殿へ、もう一度、大丈夫なのかと尋ねている。
医療を任せてきた。そのための人も設備も、神殿へ集めてきた。
いざ施術を疑うとなれば、ほかに確かめさせる相手さえ、すぐには浮かばない。
止めろと命じることはできる。
だが、身体がつらいという娘たちへ、どこで診てもらえと言えばよい。
返答を出せないまま、私は次の書面を受け取った。
枢機卿宛ての報告だった。
血を用いた商品の販売計画。
見込まれる収入と、その使途。
「どこにあった」
「大司教の執務室です。送付した報告の控えとして保管されておりました」
日付は、商品が売り出される前だった。
あの男は、知っていたのか。
大司教から報告が届くこと自体は、不自然ではない。神殿の運営を担う以上、収入を把握していて当然だ。
この紙にも、本人の了承を得ずに売るとは書かれていない。知っていれば、あの男も止めたはずだ。
そう考えてから、もう一度、日付を見た。
私へは、何もなかった。
令嬢の血を売り、その家名で価格を変える商いが始まる。そのことを、私に知らせる必要はないと判断したのだろうか。
即位して間もない頃、何を決めるにも、あの男へ相談した。
先代ならどうしたか。貴族たちは従うか。神殿は受け入れるか。
問うたびに、答えが返ってきた。
貴族との話がまとまらなければ間へ入り、神殿へ求めることがあれば取り次いだ。その助けがなければ、決められなかったことも多い。
私は報告書を置いた。
先に話していたら、この控えは、あの部屋に残っていただろうか。
ベネルは、私が読み終えるのを待っていた。
「この件を、枢機卿へ知らせたか」
「こちらからは、まだ」
大司教からは、もう連絡が届いているかもしれない。
ならば、あの男は私から何を聞かれるか考え、説明を用意している。
私は、机に並ぶ令嬢の名を見た。
「私から呼ぶ」
ベネルは一礼した。
いつもなら、相談したいことがあると伝えていた。
今日は、説明を求めるために呼ばなければならなかった。




