第七十七話 つながらない相手
廊下が騒がしかった。
朝から面会が続き、ようやく人を下がらせたところだった。大司教の執務室には、販売部から届いた収支が積まれている。次の予定までに、目を通しておきたかった。
血を使った商品は、よく売れている。
クラリスの分を止めた影響はあるが、ほかの令嬢の商品で補えていた。一般向けに売り出したものも、追加の注文が入っている。
それでも、中止となった商材はいくつもある。
回収と返品に掛かる金を確かめ、今後の見込みを猊下へお伝えしなければならなかった。
扉が開き、私に仕える神父が入ってきた。
「大司教様。王室特務局が、神殿へ来ております」
受付も販売部も押さえられ、職員は移動を禁じられていた。局長は聖女様のもとへ向かったらしい。
何の知らせもなかった。
神殿の調査であれば、枢機卿猊下へ話があるはずだ。猊下がお聞きになっていれば、こちらにも連絡が来る。
私が、この神父の口から初めて聞くようなことではない。
机の魔道具を引き寄せた。
枢機卿猊下への呼び出しは、つながらなかった。
席を外しておられるのか。もう一度試したが、返事はない。
神父が、私の返答を待っていた。
「販売部には、誰がいる」
司教が対応していると聞き、少し安堵した。商いの経緯も、聖女様からの指示も、あの男が説明できる。
余計なことを言わず、聞かれたことだけに答えていればよいのだが。
神父に様子を見てくるよう命じた。
だが、出ていったはずの男は、間もなく戻ってきた。廊下にいた局員から、部屋に戻るよう指示されたという。
私が命じたと伝えても、通してもらえなかったらしい。
開いた扉の先に、黒い服が見えた。
いつから、そこに立っていた。
神父を下がらせ、もう一度、魔道具へ呼びかけた。
今度は猊下に取り次ぐ者へ連絡したが、返ってきたのは、すぐにはおつなぎできないという返事だけだった。
急ぎだと伝えた。
特務局が来ている。神殿の職員を止め、商いを調べているのだと。
伝言を頼み終える前に、扉が叩かれた。
入ってきた若い男は、王室特務局長ベネルと名乗った。
机へ命令書を置くと、私の手元にある魔道具へ目を向けた。
「どこへ連絡していた」
「枢機卿猊下へ、この事態をお知らせしようと」
「それも預かる」
手を離せずにいると、そばへ来た局員が受け取るために両手を出した。
猊下へ連絡するために使っているものだ。商いの記録だけが入っているわけではない。
そう伝えても、ベネルは返す時期を答えなかった。調査が済むまで預かるとだけ告げ、局員へ持たせた。
私は、置かれた命令書を読んだ。
商取引の調査に加え、聖女の保護とある。
聖女様に何かあったのかと尋ねたが、ご無事だという。それ以上を聞く前に、血の商品化を承認した経緯について説明を求められた。
企画を認めたのは、確かに私だ。
施術で取った血を利用し、令嬢の名を添えて売る。貴族方とのつながりも深まり、神殿の収入も増える。
だが、本人の了承を得ずに進めろと指示したことはない。
そこは司教にも、販売を担う者にも、任せていた。
説明している間に、局員が企画書を探し始めた。神父が棚の場所を教え、鍵を渡している。
何を出すのか、私に尋ねもしなかった。
企画書と一緒に、販売部から届いた報告も机へ並べられた。
月ごとの売上と、今後の販売計画。採用する令嬢の家格や、商品ごとの価格について、私が書き加えたものもあった。
ベネルは、それらに目を通しては、一枚ずつ局員へ渡した。
私が何を決め、どこから先を部下へ任せたのか。口で説明するよりも、紙を読んだ方が早いとでもいうようだった。
やがて局員が、枢機卿猊下へ送った報告の控えを取り出した。
それは商品を売り出す前に、私からお送りしたものだった。
商いによって見込まれる収入と、その使途をまとめてある。
ベネルが頁をめくった。
私は、隣の局員が持っている魔道具を見た。
先ほどまで、猊下へお知らせしようとしていたものだ。
つながってさえいれば。
この報告をどう説明するか、先にお聞きできたのに。




