第七十六話 誰の承認か
「そのようなもの、扱うわけがない!」
私は、はっきりと答えた。
聖女様の名を使えば売れる。そんなことは、商いに携わる者なら誰でも分かる。
これまでも、商品の案内にお名前を使わせていただけないかと申し上げた。だが、許されたことは一度もない。
まして、今回は血だ。
初代聖女の孫であり、旧王家の継承者でもある。その方へ、血を売ってくれと申し出ろというのか。
お飾りだと陰で呼ぶ者はいても、実際に傷つけてよいはずがない。私の首が飛ぶ。
令嬢方とは話が違う。この若者にも、それくらい分かるだろう。
「では、そう返答したのだな」
「問い合わせへの返答は、担当の者が行っている」
ベネルが壁際へ顔を向けた。
職員の一人が、おずおずと手を上げた。
毎日の注文を取りまとめている男だった。私の机へ書類を運んでくるときには、もっときびきびと歩く。それが今は、こちらへ来ようとしない。
「どのように返答した」
ベネルが、男へ尋ねた。
「確認の上、ご案内すると……」
私は男を見た。
なぜ、そう答えた。
ないものは、ないと言えばよかったのだ。
「販売できる見込みがあったのか」
「いえ。私には分かりませんでしたので、司教様へお回ししました」
ベネルが、こちらへ向き直った。
届いた問い合わせを、すべて覚えているわけではない。
注文の多い品は何か。納品が遅れているものはないか。私が目を通すべき報告は、ほかにもあった。
職員が机の端を見た。
今朝から、まだ開いていない書類が積んである。
その下に、昨日の分も残っていた。
「そこか」
ベネルが言うと、局員が書類を取り上げた。
私に断りもなく、一枚ずつめくられていく。
取引先からの注文に交じって、聖女様の名が見えた。
見た覚えは、あった。
ただ、商品がない以上、急いで処理するものではなかった。クラリスの件で返品が増え、その対応を優先していたのだ。
「売るつもりはない! 聖女様に尋ねることもない!」
先に言った。
「提供者として、お名前を挙げたこともない。案内を見れば分かる」
ベネルは、局員から受け取った紙を机へ置いた。
価格が決まり次第、知らせてほしい。
必要であれば、先に金を納める。
「今は、だろう?」
知らん。
客が勝手に期待したことまで、私にどうしろというのだ。
「聖女様には、安全が確認されるまで警護をつける」
ベネルが告げた。
それでは、まるで私が聖女様の血を狙っているとでもいうようではないか。
そんなことはしない。あってはならない。
どうすれば、この誤解が解ける。
壁際の職員たちは黙っている。
誰も、私を見ようとしない。さっきまでは、指示を待つためにこちらを見ていた者たちが。
「提供者の一覧を確認いたします」
別の局員が、帳簿を開いた。
令嬢の名を読み上げ、採血の日付と、残っている商品の数を職員へ尋ねている。
「その方々には了承を得ている」
「お前に聞いてはいない」
ベネルは、それだけ答えた。
署名のある書面を出すよう命じられ、職員が棚へ向かった。鍵を求めて、私の前へ来る。
いつもなら、何に使うのかを尋ねてから渡す。
今日は、職員は私の顔よりも、ベネルの顔色を窺っていた。
私は腰から鍵を外した。
これで、すべて確かめられる。
了承を取ったものも、取り直したものも。販売を止めた商品と、その前に出した案内も。
聖女様の血など、一本もない。
それさえ分かれば済むはずだったのに、調べる手は止まらなかった。
「血を商品として売ることは、誰が決めた」
鍵を渡した手を、引き戻した。
大司教様の名を、ここで出してよいのか。
「……私だけで、決めたことではない」
枢機卿猊下へ、先に話を通したかった。
この若い男へ、何をどこまで答えてよいのか。せめて、それだけでも確かめたかったのだ。
ベネルは待っている。
黙っていれば、また提出を拒んだときのように扱われる。
「大司教様だ」
口にしてから、壁際を見た。
職員たちは、今度は私を見ていた。




