第七十三話 聖女様の恵み
血を使った商品をお求めになるお客様が、増えてきた。
一般向けにも、『高貴な恵』という名で販売が始まったらしい。
当店では扱っていないとお伝えすると、残念そうにされる方もいた。
いつも香油を買ってくださるお客様から、取り寄せられないかと頼まれたこともある。
扱うべきなのかと、考えることはあった。
けれど、売れるたびにまた誰かが血を抜くと思うと、どうしても仕入れる気にはなれなかった。
買い物へ出ても、その商品の話が耳に入った。
人気があるのは、一般向けの商品を作るために、ご自分から名乗りを上げた男爵家のご令嬢なのだという。
店の窓には、肖像が飾られていた。
小さな瓶が並び、値札を見た女性が、連れの方を呼び寄せている。
扉が開くたび、店員の礼を言う声が通りへ漏れた。
出てきた女性は軒先で包みを開き、連れの方へ瓶を見せていた。買い物籠から、長い葉野菜がはみ出している。瓶をしまう場所に困ったらしく、包みは連れの方へ預けて、二人で笑った。
以前は貴族街でしか見かけなかったものが、いつもの買い物道にあった。
窓の肖像と目が合った気がして、足を速めた。
向かいの青果店から、果物を勧める声が飛んでくる。
荷車を避けて道の端へ寄ると、花売りのそばで立ち話をしている女性たちの声が聞こえた。
「聖女様の恵みもあるって、本当なのかしら」
足が止まった。
聖女様の恵み?
神殿から商材の案内は毎日届く。血を使ったものは断っていたが、その中に、聖女様のものまであったのだろうか。
聖女認定店として、同じようにお断りしてよいものなのか。
気になって、お店へ戻り、案内を読み直した。
やはり、そのような商品は見当たらなかった。
「マルタさん。聖女様の恵みについて、ご存じですか?」
「いえ。私も案内を確認しましたが、そのようなものはありませんでしたよ」
マルタさんも街で噂を聞き、調べていたそうだ。
以前の仕事で知り合った方にも尋ねたが、扱っている店を知る人はいなかったという。
よかった。
貴族様の商品は断っておきながら、聖女様のものなら置きますなど、言えたものではない。
そのとき、魔道具が鳴った。
ルチアさんからの連絡だ。
『リネさん。クラリス様の件が片付きましたので、ご報告いたします。商品の販売を停止し、回収を進めております』
「わざわざ、ありがとうございます」
販売まで止めてほしいと、私からお願いしてよいものか悩んだ。
それでも、クラリスさんのお話をお伝えしてよかった。
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「あの、聖女様のことで、噂を聞いたのですが……」
隣で聞いていたマルタさんが、魔道具へ顔を寄せた。
画面の中で、ルチアさんが珍しく首を傾げる。
いつもきびきびとしているのに、こうして見ると年相応で、可愛らしかった。
「聖女様の恵みも売られていると。血を使った商品のことだと思うんですが」
ルチアさんが、目を見開いた。
『……何を仰っているのか、お分かりですか?』
いつもより、ずっと低い声だった。
先ほどとは違う。明らかに怒っている。
背中が冷えた。
「あ……いえ、街でそういう噂を聞いたものですから……すみません」
私もすぐに謝り、経緯を伝えた。
街で耳にすることが増え、聖女様の商品も案内されていたのかと、二人で確かめていたのだと。
話している間に、ルチアさんの後ろで誰かが立ち上がった。
そばの人へ声を掛け、部屋を出ていく。別の人も書類を抱えて、そのあとを追った。
『リネさん。マルタさん』
「はいっ」
自分でも驚くほど、甲高い声が出た。
『そのお話は、ほかの方には決して口になさらないでください』
分かりましたと答えようとした瞬間、
『聖女様の血を求めれば、ご本人だけの処罰では済みません』
画面が、ぷつりと消えた。




