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第七十一話 贈り物を取り戻しに

 夫人は、小箱の蓋を開けた。


 白い布の上に、アデルの名が付いた瓶が収まっている。


「大事に取っておりましたの。使ってしまうのが、もったいなくて」


 先日なら、嬉しい言葉だった。

 娘へ伝えれば喜ぶと、帰りの馬車で、覚えておこうと思ったはずだ。


 娘の商品の在庫を買い取ると伝えた、翌日だった。

 私は、先日の集まりで瓶を贈った夫人の屋敷を訪ねていた。


 お渡しした品を、返していただきたい。

 事前にそう伝えると、夫人は快く時間を空けてくださった。


「……お返ししなければなりませんか。何か、問題がございました?」


 よい品だと勧めたのは、私だ。

 返してほしいというだけでは、夫人にも納得していただけない。


「娘が、血の提供をやめました」


「まあ。そうでしたの」


 夫人は、箱の中へ目を戻した。


「それでしたら、なおさら大切にしなくては。もう手に入らなくなるのでしょう?」


 そう受け取られるとは、考えていなかった。


 店にある分を買い取れば、売られなくなる。

 人へ贈った分も返してもらえば、娘が外でこの瓶を見ることも減る。


 昨夜は、そればかり考えていた。

 だが、目の前の夫人には、気に入った贈り物を手放す理由がない。


「娘は、体調を崩しております」


 夫人が顔を上げた。


「提供を続けたあと、階段を上がるだけでもつらくなったと。本人から、もう行きたくないと言われました」


「……血を取ったために?」


「詳しい原因は、改めて診てもらいます。ただ、私は、そのことを知らずに皆様へ勧めておりました」


 肌が白くなった。

 娘が選ばれた。


 どちらも、伝えたかった。

 施術のあとに休んでいた話は、わざわざ人へすることではないと思っていた。


 夫人は、瓶に手を伸ばさなかった。


「でしたら、使わずにお返しいたします」


「申し訳ありません」


「いいえ。ご令嬢には、どうぞお大事になさってと」


 箱の蓋が閉じられた。


 あれほど言いづらかった願いが、娘の具合を話した途端に通った。

 それが、胸に重く残った。


 礼を言おうとすると、夫人が尋ねた。


「お嬢様は、いつからお悪かったんです?」


 集まりの日にも、つらかったはずだ。

 だが、私は皆へ娘を紹介していた。疲れているとは思っても、やめるほどだとは考えなかった。


「私が詳しく聞いたのは、昨日です」


「そうですか……」


 夫人は、小箱へ掛けていた手を戻した。


「実は、知人にもお勧めしてしまいましたの。お嬢様を、こちらと同じ施術へ通わせたいと仰っていて」


 この瓶は、一度も使われていない。

 それでも、もう次の娘が店へ向かおうとしていた。


「その方へ、お伝えいただけますか。私からも、お話ししたい」


「ええ。ただ、楽しみにしていらっしゃいましたから」


 楽しみだったのは、知っている。

 うちの娘も、そうだった。


「ご予約は、もう?」


「そこまでは伺っておりません」


 今日、訪ねてよかった。

 そう思ったあとで、昨日まで何を勧めていたのかが、今さら恐ろしくなった。


     *


 夫人は、知人へ連絡するために席を外した。


 残された小卓に、私が持参した菓子の箱が置かれている。

 贈り物を返していただくのだから、手ぶらでは伺えなかった。


 それを用意させたときにも、私は、この話を娘から遠ざけようとしていた。

 自分が話をつければ、娘は休んでいられる。


 だが、私が勧めた相手は、娘の瓶を持っている方だけではなかった。


 あの集まりで、店の名を尋ねた方がいた。

 娘の肌を見て、ご自身のお嬢様も白くなりたがっていると話した方も。


 誰だった。


 顔は浮かんだ。

 だが、どなたに店の連絡先まで伝えたか、すぐには思い出せなかった。


「お待たせいたしました」


 戻った夫人が、向かいへ座った。


「施術は明後日だそうです。お話を伺いたいとのことでした」


「ありがとうございます。では、私から連絡を」


「私も同席してよろしいでしょうか。こちらのお品を、よいものだとお話ししたのは私ですから」


「お願いいたします」


 夫人も、自分が勧めた娘を気にしている。


「それと、失礼を承知で伺いますけれど」


「はい」


「ご令嬢には、どなたがお勧めになったんですか?」


 神殿認定の店だ。

 施術を勧め、血の提供について説明したのも、そこの者だった。


 そう答えかけた。


 だが、娘があの店へ行く前に、私はクラリス嬢の品を買って帰った。

 アデルは喜んで使っていた。綺麗になりたいと言う娘に、あの店ならと、私も話した。


 知らぬ店へ、一人で行かせたわけではない。

 妻も付き添っていた。それだけ確かめれば、親として十分だと思っていた。


「私も、勧めました」


 夫人は、黙って聞いていた。


「神殿が認めた施術なら、よいものだと」


 口にしてみると、ほかに何も残らなかった。


 娘の肌を白くできる理由も、抜いた血を使う意味も、私は知らない。

 知っていたのは、誰が認めたかだけだった。


 夫人が、小箱をこちらへ差し出した。


「では、明後日より前に、お話しする場を設けましょう」


「お願いいたします」


 これを受け取って、帰るつもりでいた。

 娘の瓶を取り戻せば、一件済むと。


 馬車へ戻ると、家令が次に伺う屋敷の名を告げた。


 私は、先ほど書いていただいた連絡先を渡した。


「こちらの方との面会を、先に頼む」


「商品の件でしょうか」


「施術を受ける前に、お話ししたいことがある」

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