第六十六話 もう、行かなくていい
『クラリス様の血を用いた商品は、販売を中止いたします』
お父様の隣で、ルチア様からの連絡を聞いていた。
販売を、中止する。
あれほど聞きたかった言葉なのに、その先を待ってしまった。
本人から改めて説明を、と続くのではないか。また、署名を確かめられるのではないか。
『各店の商品は、回収を進めております。お名前と肖像を使った案内も、取り下げています』
「……もう、私がお店へ行かなくてもよいのですか?」
『聖女認定店でお預かりしたお話は、すべて聖女様が取り仕切っておりますので、ご安心ください』
売るのをやめていただけるかと尋ねたとき、リネさんは、お約束はできませんと答えた。
それでも、案内と説明書を預かってくださった。
私が嫌だと言ったことを、リネさんが届けてくださった。
隣で、お父様が息を吐いた。
私も、ようやく椅子の背へ身体を預けた。
「ありがとうございます」
もう、あの説明書を持って行かなくていい。
何と説明され、どう思って名前を書いたのか、間違えないように話さなくていい。
「聖女様にも、お伝えいただけますか。私……本当に、困っていたので」
『はい。必ずお伝えいたします』
お父様が、魔道具へ顔を向けた。
「私からも、御礼を申し上げる。聖女様へ献金をお納めしたいのだが、どちらへ申し出ればよいだろうか」
机には、神殿から届いた書面が並んでいる。
お父様が通話のたびに、相手の名前や返事を書き足した紙もあった。お仕事の合間に、何度も連絡してくださった。
今度は、御礼まで用意してくださる。
『お気持ちは、聖女様へお伝えいたします。お納め先については、改めてご案内いたします』
「頼む。娘のことを引き受けてくださって、感謝している」
私は、お父様が挨拶を終えるまで黙っていた。
*
「そのリネさんにも、礼をしなければな」
通話を終えたお父様が仰った。
「はい。私からも、お礼を申し上げたいです」
あのお店へは、また行きたかった。
説明書の一行を示す前に、私が何を聞いたのか尋ねてくださった人へ、売られなくなりましたと、自分で伝えたかった。
「聖女様への御礼まで……申し訳ありません」
「お前が嫌がっているとも知らず、客へ配ろうとしていたんだぞ。私からも、礼をさせてくれ」
お父様は、机の箱を見ていた。
「喜ぶ顔を見たかったんだがな」
「……私もです」
嬉しかった。
帰ってきた私を呼び止めて、あんなに楽しそうに話してくださったことは。
「お父様が喜んでくださったのは、嬉しかったんです」
だから、言いづらかった。
それは嫌だと。全部しまってほしいと。
顔を隠すより先に、涙が落ちた。
お父様の袖をつかんでしまってから、子供のようだと思った。それでも、今はそばにいてほしかった。
「……少しだけ、ここにいてもいいですか」
お父様は、書面へ伸ばしていた手を戻した。
「ああ」
今度は、何も説明しなくてよかった。




