第六十五話 外された名前
聖女の執務室の扉が、勢いよく開いた。
「聖女様」
ルチアは机の前まで来ると、金色の札を置いた。
切られた紐が、何本も絡んでいる。
「保留中の商品を確認しました。クラリスさんの名前を外し、すでに販売部門へ運んだそうです」
「出荷は止めたと、聞いていたけれど」
「止めたのは、名前を付けた商品の出荷です。中身は、詰め替え用として扱うとのことでした」
止まったのは、名前だけだった。
瓶は、動いていた。
クラリスの父には、こちらで対応すると伝えてある。
名前を外した瓶が売られれば、聖女へ頼んでも変わらなかったということになる。
「そう……私の顔に泥を塗る気なのね」
聖女は席を立った。
「その指示を出した方に、お灸を据えなくちゃね」
*
呼ばれた司教は、聖女へ一礼した。
「ご説明いただけるかしら。こちらは、どうなっているのかしら」
机の上に、金色の札が置かれていた。
クラリスの名が見える。切られた紐まで、持ってこられていた。
出荷を止め、札を外すよう手配したのは私だ。
別の商材に紛れさせて運ばせた。それなのに、どうして、もうここにある。
保管庫の者が話したのか。
それとも、聖女に通じる者が、神殿の中にいるのか。
本人の商品だと分からないように偽装すれば、見つからないと高をくくっていた。
聖女は、どこまで知っている。
「すでに商品となったものですので、処分するにも損失が――」
「そう。私だけでなく、伯爵家にも喧嘩を売りたいと仰るのね」
せめて、大司教へ先に話しておけばよかった。
「……回収いたします。販売部門へ、すぐに連絡を」
「この責任……あなたの命で足りるかしら」
司教は、聖女を見た。
回収すると言った。
損失も、こちらで引き受ける。それで済む話ではないのか。
「聖女様……?」
「私が止めた品を、名前まで外して売ろうとしたのでしょう」
確かに、隠れて売ろうとした。
だが、たかが伯爵家の小娘の血ではないか。それで、なぜ私が命まで差し出さねばならん。
「お待ちください」
声が裏返った。
「まだ、販売されたとは限りません。今なら――」
「ルチア、王に報告を。この国に貢献する貴族を騙した戯け者がいると」
ルチアは、無言で一礼した。
待て、と言おうとした。
声は、出なかった。
顔を上げたルチアの目は、もう私を見ていなかった。
扉が閉まるまで、足音は、しなかった。




