第六十一話 返品
『販売数については、確認いたします』
通信魔道具から、若い男の声がした。
『お嬢様のお名前は、最高級の品として扱わせていただいておりますので――』
「価値を聞いているのではない。何本売ったかと聞いている」
娘が、隣にいる。
先ほど声を荒らげたあとも、私のそばを離れなかった。まだ目元が赤い。早く話をつけて、休ませてやりたかった。
売らないでほしい。
その程度の願いを、何度も口にさせることではない。
「娘は販売を認めていない。残っているものは、すべて引き取ってくれ」
『ご署名はいただいていると伺っておりますが』
「処分すると説明されたそうだ」
『そちらについては、担当した店舗へ確認を――』
「確認して、どうする。娘が嫌だと言っているんだ。もう売らなければ済む話だろう」
男は、ようやく黙った。
机の箱へ目をやった。
今夜の客に配るため、数を揃えさせたものだ。足りなくなっては困ると、余分に注文までした。その全部に、娘の血が入っている。それを、客に配ろうとしていたのだ。
娘の名前が商品に付いた。
店からそう聞いたとき、何をしたのか、よく聞きもしなかった。神殿が認めた品に使ってもらえるのなら、喜ばしいことだと思った。クラリスも、そのつもりだと。
『本日お届けした分については、すべて返品を承ります』
男の声に、顔を上げた。
『代金もお返しいたします。お手数をおかけしますが、未開封の状態で保管をお願いいたします』
「だから、私が買った分だけではない」
『ほかの販売先につきましては、確認が必要ですので』
確認ばかりだ。
「その間も売るのか?」
『責任者へ代わります。少々お待ちください』
声が途切れた。
クラリスが、私を見ている。
「大丈夫だ。話をつけるから」
そう言うと、娘はうなずいた。
ありがとうとも、お願いしますとも、言わなかった。
先ほども、私は「分かった」と答えた。
箱をしまわせた。それで娘が安心すると思っていた。
――今夜だけではなくて。
あんな声を出す子だったか。
いや。私が、二度も同じ返事をさせたのだ。
「お父様」
「何だ」
「私からも、お話しした方が……」
「まず、私が聞く」
答えてから、娘の顔を見た。
クラリスは口を閉じ、机の説明書へ目を落とした。
私が話すから、黙っていなさい。
そう聞こえただろうか。
だが、同じ説明を繰り返させたくなかった。
本人が困っていると聞けば、止めるのが当たり前だと思っていた。その当たり前の返事すら、得られずにいる。
娘は、この相手と話していたのか。
名前を書いただろうと言われ、確認すると待たされて、それでも売られている瓶を見ていたのか。
『販売を担当しております責任者です。このたびは、お嬢様にご不安をお与えし、申し訳ございません』
別の男の声がした。先ほどより落ち着いている。
名乗られた名前を書き留め、こちらの要望をもう一度伝えた。
娘の血を使った商品の販売をやめること。名前と肖像を使わないこと。すでに渡ったものも回収すること。
『承知いたしました。まず、新たな出荷を保留いたします』
「保留ではなく、中止だ」
『事実関係を確認する間の措置として、お受け取りください。また、本日お届けした分は返品を承り、代金も全額お返しいたします』
それなら、今夜の出費はなかったことになる。
箱もなくなる。配るはずだった品は、別のものを用意させればいい。
私の用事は、それで済んでしまう。
机の小箱に、娘が指を添えていた。
自分で持ち帰ってきた一本だ。あれも返品させるのか。取りに来た者に渡して、そのあと、どこへ運ばれるのかも分からないまま。
「回収したものは、どうする」
『そちらは、担当部門で適切に――』
「売り直すことはないんだな」
すぐには返事がなかった。
私は、相手が答えるのを待った。
『お嬢様のお気持ちを、あらためて詳しく伺いましてから、今後の対応を決めさせていただければと存じます』
「今、伝えた」
『ええ。ただ、施術を受けられた際のご説明と、お嬢様のご認識に行き違いがあるようですので、担当者から直接――』
袖を、娘がつかんだ。
今度は、その手を見た。
クラリスは魔道具へ顔を向けている。私は、魔道具を娘の方へ寄せた。
「売らないでください」
声は、小さかった。
「私の名前も、顔も、使わないでください。もう、血も取りません」
『承りました。ですから、あらためてご説明の機会を――』
「今、お伝えしました」
娘の指が、袖に食い込んだ。
「これ以上、何を説明するんですか?」
私は口を挟まなかった。
向こうからも、声がしない。
こんな沈黙を、娘は何度、待ったのだろう。
『……ご要望として、担当部門へ申し伝えます』
話をつけると、約束した。
父親が出れば通ると思っていた。娘が話して駄目だった相手にも、私なら。
だが、今の私たちの言葉は、受け付けた要望にしかならなかった。
クラリスが、私の袖を離した。
その手を引き止めたかったのに、何と言えばいいのか、すぐには浮かばなかった。
私は紙に、相手が答えた言葉を書き加えた。
出荷は保留。
返品と返金。
要望は担当部門へ。
「その回答を、書面でも送ってくれ」
通話を終えても、娘の顔は明るくならなかった。
書き並べた三行を、もう一度読む。
中止、の二文字は、どこにも書かれていなかった。




