第六話 誰のための認定
講師が、私の手を見た。
私は指を離した。講師の手をつかんだのは、傷つけるためではなかった。それでも、会場の視線がこちらへ集まると、急に自分が何をしたのか分からなくなった。
「....施術は、待ってください」
声が小さくなった。
講師は商材を机へ戻した。
「認定を受ける意思は、あるのですか?」
「あります」
すぐに答えた。
予約帳の空欄も、月末の支払いも、なくなったわけではない。ここで帰ればいいとは思えなかった。
「では、指定された手順で実施してください」
私は女性を見た。
頬の薄くむけた箇所へ、指が近づいていた。私と目が合うと、その手が膝へ戻った。
「私の肌が、試験に向いていないんでしょうか」
謝るような声だった。
「あなたが悪いわけではありません」
答えてから、講師へ向き直った。
「肌の状態に合わせて、別のお手入れをご提案することはできませんか」
講師は評価用紙を持ち上げた。
「認定店として、同じ品質を提供するための試験です。受講者ごとに内容を変えていては、評価できません」
隣の施術台では、別の受講者が準備を進めていた。
自分だけが止まっている。
私が引けば、試験は続く。この女性も、皆に見られずに済む。
女性は周囲を見回し、小さく笑った。
「私は大丈夫です。続けてください」
あのときのお客様も、途中から何も言わなくなった。
私はそれを、納得したのだと思った。
「続ける前に、確認させてください」
椅子へ座り直し、女性と目の高さを合わせた。
「試験のことを気にせずに選べるなら、今、この施術を受けたいですか?」
女性の目が講師へ動いた。
私は返事を急がせなかった。
やがて、女性が首を横に振った。
「……今日は、やめたいです」
「分かりました」
机の上の商材を、女性から離した。
講師が評価用紙へ筆を走らせた。その音が、妙にはっきり聞こえた。
*
会場を出るとき、認定証は渡されなかった。
代わりに、不合格と記された用紙を受け取った。再受講の案内も添えられている。
受講料は、もう一度必要だった。
私は紙を鞄へしまった。
正しいことをした、と考えれば楽になれるのだろうか。
帰れば、明日も空欄の予約帳がある。
会場の扉を離れかけたとき、後ろから声がした。
実技試験で、私が施術を担当した女性だった。
「ありがとうございました」
私は振り返った。
女性は頬に手をやりかけ、途中で止めた。
「帰るって、言ってもよかったんですね」
私はうなずいた。
女性はほっとしたように笑った。その顔を見て、ようやく肩の力が少し抜けた。
「リネさんのお店なら、別のお手入れを相談できますか?」
「はい。状態を確認してから、ご説明します」
鞄から店の案内を出した。
女性が受け取り、住所を読む。
「あ、ここなら通えます」
そして、手に持っていた別の紙を私へ見せた。
エデンの予約票だった。
「この施術、来週も予約してあるんです」




