第五十九話 使いたくないもの
〈提供者ご本人の了承を得ております。安心してお客様にご案内ください。〉
その一文を、私は二度読んだ。
マルタさんが運んできた魔道具の画面には、赤い瓶がいくつも並んでいた。
クラリスさんのものだけではない。結ばれた札も、紹介されている女性も、それぞれ違った。
「こちらは、私のですね」
クラリスさんが示した瓶に触れると、説明が開き、あの一文が現れた。
「了承していません。売っていいなんて、一度も」
すぐそばで本人が否定しているのに、画面は、安心して勧めてよいと言っている。
もし私が、この方に会わず、案内だけを読んでいたら。確認は済んでいるものと思って、何の疑いもなく読み進めていただろう。
返信欄を開き、仕入れを断る旨を書いた。
送信し終えても、クラリスさんは画面から目を離さなかった。
「リネさん……血を使った化粧品を、見たことはありますか?」
マルタさんが、小さな声で尋ねた。
「いいえ。ただ、冒険者のお客様から、似たお話を伺ったことはあります。魔物の返り血を浴びたあと、洗い流しても肌に艶が残った、と」
そのお客様は、革の手袋を外して、手の甲を見せてくださった。
手袋に隠れていた部分と手首との境で、肌の艶が違っていた。擦っても落ちないので、汚れではないかと気にされていた。痛みも痒みもないというので、その日は何も重ねず、様子を見ていただいた。
なぜ艶が出たのかは、今も分からない。
魔物によって違うのか。血の何が、肌に残ったのか。この案内には、それが書いてあるのだろうか。
目を向けかけた、そのとき。
クラリスさんが、私の袖口を引いた。
袖の下には、血を抜いた痕があるのだろう。もう痛まないのか。
ふらつきながら馬車に乗ったときも、これで綺麗になれると、信じていたのか。
「これが売れたら、また血を取るんですよね」
クラリスさんは、画面の説明を下へ送った。
「足りなくなれば、お願いすることもあると記載が……」
声が細くなり、肩が小さく震えた。
袖口を握り込んだまま、腕を身体へ寄せている。
また、あの針が刺さる。
ふらついて帰る人が、一人、また一人と増えていく。喉の奥が、ひくりと詰まった。
「追加の採血も、お受けにならないということで、聖女様へお伝えします」
「……はい。それも、お願いします」
売られることを嫌がっている人へ、次も血を取らせてほしいと頼む。
名前の載った商品を楽しみに待つ人がいる、と言われたら。友人から贈られた一本でさえ、嫌だと言うのが難しかった人に。
私にも、覚えのある仕組みだった。
お客様に合うものが見つかれば、同じものを使い続けるよう勧める。なくなる頃に用意して、また来てくださるのを待つ。血を使った商品も、売れれば、同じことになる。
「艶が出るなら、喜ぶ方はいらっしゃると思います」
口にしてから、画面の瓶を見た。
「でも私は、次も使ってくださいとは言えません」
なくなりました、とお客様に言われるたびに、どこかで、また誰かが腕を差し出す。
綺麗になった顔を見て喜びながら、その人がふらついて帰ることには、目をつぶる。
そんなことは、私にはできない。
マルタさんは黙って案内を読んでいたが、やがて、開いていた注文の画面を、そっと閉じた。
クラリスさんが、付き添いの女性へ手を差し出した。
鞄から出てきたのは、先ほど畳んだ商品の案内だった。
「こちらも、置いていって構いませんか」
微笑む肖像が、机の上へ戻された。
「私の手元にあっても、何もできなくて」
当店で扱わないとは、約束した。
けれど、ほかの店へ届いた案内には、今もこの顔が載っている。
「こちらの案内も、聖女様へお見せしてよろしいでしょうか」
クラリスさんは、紙から手を離さなかった。
「売るのを、やめていただけるでしょうか」
「……お約束はできません。ただ、販売を望んでいらっしゃらないことは、きちんとお伝えしたいです」
期待させるだけの返事は、できなかった。
彼女はしばらく黙ってから、案内を私の方へ押した。
「お願いします」
紙の下から、施術の説明書も差し出された。
「聖女様とお話しできるのなら、名前を書いたことも、私から直接お話しします。それでも、やめてほしいんです」




