第五十五話 誰が納得したのか
〈聖女様から、通話のご案内です。〉
魔道具に表示された文字を、私は二度読んだ。
マルタさんが神殿から戻ってきた日の夜だった。
昼間は、聞かれるたびに、次に使う道具を伝えた。
彼女はいつものように書き留め、お客様が帰ると片付けた。帰り際には、明日もよろしくお願いしますと頭を下げてくれた。
明日も、あの人に相談してみてはどうかと言われるの。
そう考えながら、一人になった店で、何度も魔道具を確かめていた。
受付の机へ置き、通話をつなぐ。
「リネさん。お返事が遅くなって、ごめんなさい」
淡い光の中に、聖女様が映った。背後の机には、書類が積まれている。
「取材のお話でしたね。紹介を見ました。マルタさん、よかったですね」
私も、最初はそう思った。
セラさんが笑っていたから。もう、ここへ来るのを嫌だと思わなくて済むから。
「……違うんです」
聖女様の笑顔が消えた。
「何があったのですか?」
取材で、マルタさんは自分のしたことも話そうとした。
そこを使ってもらえないので撮影を断ったのに、最初の言葉だけが流れた。
「被害に遭ったお客様も、謝罪を受け入れたと話していました」
「ええ。その方のお話も拝見しました」
「でも、謝罪はしていないんです。私も、その場にいました」
聖女様は続きを待っていた。
何から話せばいいか、考えていたはずなのに、うまく順番にならなかった。
「お客様は、神殿で相談したときに思い出したと仰っていました。それで、マルタさんも今日、一緒に、その方に会いに行ったんです」
朝は、謝っていないことを自分から話すと言っていた。
手帳を忘れていないか、出かける前にも確かめていた。
「戻ってきたら、マルタさんまで……謝ったと」
そこで声が詰まった。
聖女様は、何も言わずに待ってくださった。
その間に、また昼間の顔が浮かんだ。
「今日、謝れたのなら、よかったんです。私も、そのつもりで待っていました。でも、前にも謝っていたんだと……」
あの夜、何も言えなかった人が、帰してあげればよかったと泣いた。
それを聞いていた私へ、今は、思い出せるはずだと言っている。
「セラさんが帰ったあとで、泣いていたんです。私が布を渡しました。それは、マルタさんも覚えていて」
覚えているところは、同じだった。
だから余計に、どこから話せば伝わるのか分からなくなる。
「私だけ、違うんです」
聖女様が、そばにいる誰かへ顔を向けた。
白い衣装の女性が、机の脇へ進み出る。
「正式な相談窓口の利用記録を確認してください。お二人のお名前と、訪問した日時を」
尋ねられた名前を答え、分かる範囲で日時も伝えた。
女性は書き留め、一礼して部屋を出た。
「リネさん。あなたは、その相談担当者に会いましたか?」
「いいえ」
「これから、会いに行くお約束は?」
「まだ、していません。マルタさんからは勧められましたが……」
相談すれば、私にも分かると言っていた。
私が覚えている話を、あの二人が聞いてくれたのとは、違っていた。
「確認が済むまで、お待ちください」
私はうなずいた。
行って、思い出してくださいとは言われなかった。
それだけで、返事が少し遅れた。
「……はい」
「こちらから、ご連絡します」
聖女様の姿が消えた。
店の中は、通話を始める前と同じ明るさだった。
私は、暗くなった魔道具に触れた。
もう誰も返事をしないのに、すぐには片付けられなかった。
*
「聖女様」
側仕えのルチアが、執務室へ戻った。
聖女は、通話を終えた魔道具から手を離した。
「相談窓口に、確認が取れました」
聖女は机の報告書を引き寄せた。
被害者への支援と、元講師の再教育について、認定部門がまとめたものだった。
「マルタが行ったのは、今日だそうよ」
「はい。受付と担当者の双方へ、お名前と日時を伝えました。セラさんについても、リネさんに伺った範囲で確認しております」
「それで、記録は?」
「お二人とも、正式な相談窓口を利用した記録がございません」




