第四十七話 見えるだけ
その日、最後のお客様は、施術用のベッドを見てから私へ尋ねた。
「モンスターを、見せていただけるんですよね?」
「はい。お肌の状態を確認するために、可視化することはできます」
女性の顔が明るくなった。
「よかった。聖女様の発表を見て、予約したんです」
私は、向かいの椅子へ座った。
「どんなことが気になっていますか?」
「くすみです。商材を変えても、あまり変わらなくて。中にいるものが見えれば、原因も分かるんでしょう?」
机の脇で、マルタさんが準備の手を止めた。
「可視化したものと、お手入れや普段の生活について伺ったことを合わせて、考えていきます」
「それで、そのモンスターを退治してくださるんですよね?」
私は、女性を見た。
「……退治はできません」
笑顔が消えた。
*
「外へ出せると、聞きましたけど」
「姿を見えるようにはできます。ただ、身体から切り離せるわけではありません」
女性は自分の頬へ触れた。
「ここに、残るんですか?」
「はい。肌の状態が、モンスターの姿になって見えるんです。傷つければ、お客様の肌も傷つきます」
「じゃあ、見えるだけ……?」
その言葉が、胸に引っかかった。
見えるだけ。
見えたものを一緒に確かめながら、お手入れを選べる。
言葉だけでは伝わらなかった肌の状態を、見ていただける。
違うことは、できる。
まだ、何も見せていないのに。
「見えるだけではなくて……」
女性は鞄の持ち手を握ったまま、私を見ていた。
取り除いてほしい。
この方が望んでいたのは、それだった。
「見えたものを踏まえて、お手入れをご提案できます。ただ、一度でくすみをなくせるというお約束はできません」
女性は黙った。
それから、鞄へ手を伸ばした。
「それなら、予約しなかったかもしれません」
*
「ご予約の前に、できることと、できないことをお伝えできていませんでした。申し訳ありません」
女性は、入口の認定の紋章へ目を向けた。
「聖女認定店だから、普通の店と違うことができるんだと思って」
私も、その印を喜んで見上げた。これがあれば、来ていただけると思っていた。
実際に来てくださった人が、今、帰る支度をしている。予約を受けたときに、何を期待しているのか聞いていなかった。
「今日は、少し考えます」
「はい」
私は施術の準備を止めた。
女性は立ち上がり、出口へ向かった。
扉を開けると、通りの向こうのスクリーンに、私の店の案内が映っていた。
*
お客様を見送ってからも、用意した鏡が机に残っていた。
見てから、決めていただけたら。
そう言いたかった。
「……私の説明、分かりづらかったでしょうか」
マルタさんが、片付けの手を止めた。
「私も、まだアーツを見たことがないので」
そうだった。
この人にも、映像の案内と、私の説明だけだった。
「お肌がどんな状態なのか、お客様と一緒に見られるんです。そのあと、お手入れでどう変わるかも」
私は鏡の柄を持った。
「そこまで、見ていただきたかったです」
マルタさんは、机に置いた私の魔道具で店の案内を開いた。
〈特殊なアーツで、肌に潜むモンスターを可視化できます。〉
「今のお話は、こちらには書いてありませんね」
可視化できます。
書いてあることは、間違っていない。
その下へ、一文を加えた。
〈モンスターを退治したり、身体から取り除いたりすることはできません。〉
マルタさんが画面へ顔を寄せた。
「そこに、載せるんですか?」
予約へ進むためのボタンは、そのすぐ下にあった。
「……はい」
読み返すと、できないことばかりが目に入った。
見えるだけ。
先ほどのお客様の声を思い出した。
これを読めば、予約せずに画面を閉じる人もいる。
聖女様に紹介していただいてから、ようやく予約帳が埋まり始めた。商材も多めに仕入れた。今は、マルタさんと二人で働いている。
この説明は、詳しい案内の方へ移してもいいのではないか。来ていただいてから、私がきちんと説明すれば。
指を動かしかけて、止まった。
今日の方は、私の説明を聞いて帰った。
あの時間を、もう一度使ってもらうことになる。
鏡を机へ戻した。
見てほしかったのは、私の方だ。
私は一文を残し、できることも書き添えた。
〈普段のお手入れやお悩みを伺い、肌の状態を見ながら、お手入れをご提案します。前後の変化も一緒に確かめます。〉
公開のボタンを押した。
予約画面を開き直す。
今度は、予約を入れる前に、その説明が見えた。
「……予約、減るかもしれませんね」
マルタさんが言った。
「そうですね」
私は、書き加えた「お手入れをご提案します」の一文を読み返した。
昨日の方は、鏡を返すのを惜しんでくださった。
さっきの方にも、あの顔をしてほしかった。
用意した鏡を、引き出しへしまった。
「明日の方にも、伝わるでしょうか」
「今の案内で、どこが気になって予約したのか、伺ってみてはどうでしょう」
私は、次のお客様の相談内容を開いた。
「……そうですね。聞いてみます」
マルタさんが窓の外を見た。
「神殿から出ている案内は、どうしますか?」
スクリーンでは、店内の映像が流れている。
明るい照明。新しいベッド。私の姿。
続いて、文字が浮かんだ。
〈肌に潜むモンスターに向き合う、特別なお手入れ。〉
私の店のお知らせだけを直しても、こちらは残る。
「聖女様に、相談します」




