↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/78

第三十九話 ここで働くなら

約束の時刻より少し前に、入口の鐘が鳴った。


講師だった女性が、入口に立っていた。


「……入っても、よろしいですか?」


「はい。どうぞ」


相談用の椅子へ案内した。


この時間は、お客様の予約を入れていない。


向かいに座ると、女性は入口を振り返った。


「あの看板、申し訳ありませんでした」


「怪我人が出なくて、よかったです」


そう答えて、机へ目を落とした。


でも、怖かった。


修理も、してもらわなければならない。


よかっただけでは、済まない。


何から話せばいいのか迷っていると、女性が口を開いた。


「私がここで働くというお話は、聞いていらっしゃいますか?」


「はい。ただ、まだお受けするとは決めていません」


女性の背筋が伸びた。


「今日は、そのためにお話ししたいと思っています」


「……はい」


*


「どうして、私の店で働こうと思われたんですか?」


女性は膝へ目を落とした。


しばらくして、顔を上げる。


「仕事が、必要だからです」


私は続きを待った。


「ほかの店にも行きました。でも、私が誰なのか分かると、断られて……。聖女様からこちらのお話をいただいて、働けるならと思いました」


私のお手入れを学びたい。


そういう返事を、少し待っていた。

聖女様には、学んでいただきたいと聞かされていたから。それに、あの試験で私が何をしようとしていたか、今なら知りたいと思ってくれる気がしていた。


働けるなら、ここでいい。


そういうことなの?


少し待った。


女性は、それ以上何も言わなかった。


「お客様への対応については、今、どう思っていますか?」


女性の指が、膝の上で組み合わされた。


「あのときは、説明を聞いていただけば、分かってもらえると思っていました」


「お客様は、帰りたいとおっしゃっていました」


「はい」


女性がうなずいた。


「帰ると言われたのに、私が止めました」


言葉が途切れた。


「……あの映像を見て、自分の前では話してくださらなかったことを、あんなに話せる方だったんだと思ったんです」


セラさんの声を思い出した。


私、何に同意したんでしょう。


「私が、話させなかったんだと思います」


女性は机を見つめた。


「でも、今度は大丈夫ですとは、まだ言えません」


それでは、困る。

もうしないと言ってほしくて、尋ねた。お客様を迎える店に、安心して立っていただけるのか、知りたかった。


でも、大丈夫ですと言われたら、私は信じられる?

この人にそう答えさせたくて、さっきから待っている。


私も、自分の返事をすぐには決められなかった。


*


私は施術の手引きを机へ置いた。


新人の頃から使っていたものだった。


女性が表紙へ目を向ける。


「私も、これを覚えました」


私は言った。


「書いてある通りにすれば、お客様にも納得していただけると思っていました」


女性は何も言わなかった。


「あの試験で施術を断れたからといって、いつも正しく判断できるわけではありません。人に教えるのも、初めてです」


自分で言って、少し心細くなった。


この人は、講師だった。


私は、誰かに仕事を頼むことさえ初めてだ。


それでも、ここは私の店だった。


「働いていただくなら、最初は準備や片付けをお願いしたいです。接客や施術は、私と一緒に確認してからにします」


女性が顔を上げた。


「困ったときは、分からないまま進めず、私に聞いてください。私も、分からないときはそう言います」


「……はい」


「それから、お客様が帰りたいとおっしゃったら、止めないでください」


女性の視線が、入口へ動いた。


「分かりました」


私は手引きを閉じた。


一人で相談を受けていると、準備が終わらないまま次のお客様を迎えることもある。

手伝ってもらえたら、助かる。


向かいの人を見る。


あのときも、私の話を聞いてくれていたら。

そう思う気持ちは、まだ消えなかった。

今から私が教えることには、聞き違えないようにうなずいてくれる。試験のときにも、こんなふうに話せていたらよかったのに。


それでも、準備を手伝ってもらえれば、次のお客様を待たせずに済む。私にも、来ていただく理由があった。


「まずは短い期間、一緒に働いてみませんか。そのあとで、続けられるか、お互いに話しましょう」


女性はうなずきかけて、止まった。


「あの……一つ、伺ってもいいですか」


「はい」


膝の上の手に、力が入った。


「今度、聖女様のおっしゃることと、あなたのおっしゃることが違ったら」


女性は、私を見た。


「私は、どちらに従えばいいんでしょうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。