第二十八話 誰が決めたのか
廊下へ出て、研修室の扉を閉めた。
中から、話し声が聞こえる。
「先生も、知らなかったんだね」
足が止まった。
怒鳴られたわけでも、責められたわけでもない。
ただ、もう自分に聞いても分からないと、そう思われた。
手元を見る。
手引きを持ってきてしまっていた。
こんなものを持って出ても、仕方がないのに。
講師は、それを抱え直して責任者の部屋へ向かった。
*
「聖女認定は別だ。神殿認定の試験は変更しない」
責任者は、話を聞き終えるとそう答えた。
「ですが、受講者の方々は、聖女様の発表を聞いて不安に思われています」
「別の認定だから、試験も別だ。そう説明すればいい」
講師は、手引きを開いた。
「それでは、肌の状態に不安があっても、この手順で試験を受けるようにと?」
「今まで、そうしてきただろう」
確かに、そうだった。
今までは、手引きの条件を説明すればよかった。
納得されなくても、試験の決まりだからと押し通せた。
今朝の発表さえなければ。
「……皆さんへ、直接ご説明いただけませんか」
責任者が、ようやくこちらを見た。
「お前が説明しろ」
「私が説明しても、納得していただけるか……」
「そのための講師だろう」
開いた手引きを、閉じられなかった。
講師にしてくれたのは、この人だった。
初めて研修を任されたあとも、次の日程を渡してくれた。
そのたびに、ちゃんとできたのだと安心した。
できません、と言えば、この人は別の講師を呼べる。
次の日程を、もう自分には渡さなくなる。
まだ教えられる。手順なら、何も見ずに説明できる。
答えを一つ教えてくれるだけでいい。それを持って、あの部屋へ戻りたかった。
「ほかに、何かあるのか」
責任者は、机の書類へ目を戻しかけていた。
「……いいえ」
講師は頭を下げた。
*
研修室へ戻ると、前の席の受講者が商材を箱へ戻していた。
「責任者は、いらっしゃらないんですか?」
「……私から、ご説明します」
講師は机の前に立った。
「皆さんが受ける神殿認定の試験に、変更はありません」
箱へ伸びていた手が止まった。
「不安がある場合は、試験の担当者へ相談してください」
「リネさんも、相談したんですよね?」
手引きへ伸ばしかけた手を戻した。
「それでも不合格になったから、聞いているんです」
机には、購入した商材と、何度も開いた跡のある手引きが並んでいた。
自分も、同じものを買って覚えた。
私だって、これでいいと教えられたのに。
「私からも、変更が必要ではないかと伝えます」
受講者が顔を上げた。
「試験までに、回答はもらえますか?」
責任者の、書類へ戻った目が浮かんだ。
「……お約束は、できません」
一人が、商材の箱を鞄へしまった。
「回答をいただいてから、続きを受けたいです」
「私も。何を練習すればいいのか、はっきりしてからにしてください」
今まで通りに教えろと、念を押されたばかりだ。
中断しましたと伝えに行けば、今度こそ、私には任せられないと言われる。
せめて、今日の研修だけは終えたかった。
講師は、自分の前に置いた筆を取った。
まずは使い方を見せて、手を動かしてもらえば。
いつもの研修に戻れれば。
前の席の受講者は、もう手引きも閉じていた。
この人に、もう一度道具を出してくださいと言うの?
筆を、器の横へ戻した。
「本日の研修は、ここで中断します」
言ってしまった。
誰も引き止めなかった。
閉じた箱を抱え、一人ずつ席を立っていく。
講師は、最後の一人が出ていくまで机の前に立っていた。
「何があった」
入れ替わりに入ってきた責任者が、空いた席を見た。




