第二十七話 教えられた通りに
「お前は、二度とあの店へ行くな」
出勤してすぐ、講師は責任者の部屋へ呼ばれた。
机には、神殿ギルドから届いた書面が置かれている。
「あの店……リネさんの店ですか?」
「そうだ。今日、聖女認定店として格上げされる」
講師は、責任者の顔を見た。
「聖女認定店?」
聞いたことのない認定だった。
「ですが、あの人は試験の条件を満たしていません。指定の施術を行わなかったので、不合格と……」
「その話は、もうするな」
言葉が止まった。
不合格にした理由は、報告してある。
責任者も、問題ないと答えたはずだった。
「客に聞かれても、余計なことは言うな。聖女様のご判断だ」
「では、試験の条件は変わるのですか?」
「神殿から変更の指示は来ていない」
「今日も研修があるのですが」
「今まで通りに教えろ」
講師は、机の書面へ目を落とした。
リネには、同じことを伝えただけだ。
自分は間違えていない。今日の仕事も変わらない。
なのに、余計なことを言うなと釘を刺されている。
「分かったな」
「……承知しました」
返事をすると、責任者は別の書類を手に取った。
もう、出ていけということらしかった。
*
受付へ戻ると、店員たちが壁のスクリーンを見ていた。
新しい看板の前に、リネが立っている。
講師が訪ねたときとは、入口まで変わっていた。
「決められた施術を行うことよりも、お客様の肌に合わせて、行わないという判断をされた。その判断を、不合格としてしまいました」
聖女の声が、店内へ響いた。
一人の店員が、こちらを振り返った。
目が合うと、すぐに画面へ向き直る。
何だろう、その顔は。
自分の判断だけで落としたわけではない。
神殿が決めた条件で、試験をした。
あの店員だって、同じ条件で合格したはずだった。
講師は受付の脇へ置かれた手引きを取った。
実技試験の頁を開く。
指定された施術を、定められた手順で行うこと。
この手順を覚えるために、仕事を終えてから何度も練習した。
説明する言葉まで書き出し、試験で詰まらないように繰り返した。
合格したときは、うれしかった。
講師を任されたときは、もっと。
それをしなかったリネが、今は王都中から拍手を受けている。
新しくなった看板まで映っている。
あの狭い店を訪ねたとき、自分が教えてやらなければと思っていた。認定もなく、一人で続けていけるはずがないと。
今、何も言えずに画面を見ているのは、自分の方だった。
私には、今まで通りに教えろと言った。
あの人には、新しい認定まで用意するの?
聖女は、画面の中で微笑んでいた。
その顔を見ているうちに、訂正を求めてきたリネを思い出した。
あの店で、施術はしていなかった。
案内が間違っていることは、知っていた。
手引きを持つ指に、力が入る。
でも、それは試験とは別の話だ。
リネを不合格にしたことまで、間違いだったわけじゃない。
「先生」
入口から呼ばれ、顔を上げた。
受講者が、商材の箱を抱えて立っている。
「もう、入ってもよろしいですか?」
「はい。準備できています」
いつもの返事は、すぐに出た。
*
研修室の机へ、商材を並べた。
筆、布、水の器。
手順を説明しながら使えるよう、いつもの順番に置いていく。
準備をしている間は、落ち着いていられた。
使う量も、説明する順番も分かっている。受講者が間違えやすいところも、覚えていた。
「本日は、実技試験に向けた手順の確認を行います」
一人が手を上げた。
「先ほどの聖女様のお話について、質問してもいいですか?」
商材から手を離した。
「……どうぞ」
「肌の状態を見て施術を断ったら、不合格になるんでしょうか」
今まで通りに教えろ。
責任者には、そう言われている。
「指定された施術を行うことが、合格の条件です」
前の席の受講者が、筆を置いた。
「では、断ったら不合格なんですね」
「……はい。今の基準では」
「リネさんを担当されたのも、先生ですよね?」
講師はうなずいた。
「指定の施術を行わなかったため、不合格としました」
「その条件が間違っていたと、聖女様はおっしゃったんですよね?」
自分が決めた条件ではない。
そう言いたかった。
けれど、今、その条件で試験を受けるよう伝えたのは自分だった。
「認定の基準については、確認します。本日は、予定していた内容を——」
「でも、試験は来週なんです」
受講者の指が、開いた頁を押さえた。
「仕事を休んで来ています。商材も、試験で必要だと言われたから買いました」
机の脇に、箱が置かれていた。
講師が購入を勧めたものだった。
買う前に、何度も尋ねられた。
これが必要なのか。家にあるものでは受けられないのか。
指定のものをご用意ください。
そう答えたことを覚えている。
「これを覚えて、試験を受けて、それで大丈夫なんですか?」
大丈夫です。
いつも通りに言えば、また聞かれる。
なら、なぜリネは不合格だったのかと。
手引きのどこを開けば、その答えがあるのだろう。
「私たちも、聖女様に見ていただくことはできないんでしょうか」
別の受講者が言った。
講師は、その声へ顔を向けた。
ここまで教えてきた。
分からないところには答え、手順を間違えれば、できるまで繰り返した。
今、その人が自分以外に教わる方法を尋ねている。
あの人の施術を、一度も見ていないのに。
私には、何度も質問した。分からないと言われるたびに、説明し直した。
それでも、聖女様が認めた人の方がいい。
ここにいる私では、もう駄目なの?
「聖女認定については、私からご案内できません」
「では、誰に聞けばいいんでしょうか」
講師は手引きを閉じた。
「……責任者を呼んできます」




