第二十六話 私の店
「……改装、ですか?」
「ええ。聖女認定店としてご紹介するのですから、お客様を迎える場所も整えたいと思いまして」
私は、自分の店を思い浮かべた。
受付と、相談用の机。奥には施術用のベッドが一台。家具は、店を開くときに少しずつ買いそろえたものだった。
立派ではないけれど、ようやく自分の店だと思えるようになっていた。
「どこを変えるのでしょうか」
「まずは担当者に見てもらいましょう。あなたが使いやすく、お客様も安心して過ごせるように」
聖女様は、そばにいた職員へ顔を向けた。
「リネさんのご希望を伺って、改装案を用意してください」
「承知しました」
私は慌てて尋ねた。
「費用は、どのくらいかかりますか?」
予約を失ったばかりだった。営業を再開できても、すぐに以前の売上へ戻るとは限らない。
「こちらで負担します」
「……改装の費用も、ですか?」
「私からお願いしたことですもの。あなたには、お客様への対応に専念していただきたいのです」
ありがたかった。
それでも、まだ確かめたいことがあった。
「使う商材も、変えることになるのでしょうか」
ディア・ラクリマでは、売るものも、勧める言葉も決まっていた。
自分の店を開いてからは、使い心地や価格を比べ、お客様に説明できるものを選んできた。それまで手放すことになるのなら、困る。
「商材は、あなたが選んでください」
聖女様は、私の施術記録へ目を向けた。
「その知識も含めて、認めたのですから」
棚に並べた瓶を、そのまま置いておける。値段を比べて何度も仕入れを迷ったものも、お客様に喜んでいただけて、また取り寄せたものも。
新しい認定の看板になっても、私が選んだものでお迎えできる。
「ありがとうございます。お願いします」
*
翌日の閉店後、改装を担当する職員が店へ来た。
私は入口から奥まで案内し、普段どこで相談を受け、どのように施術をしているか説明した。
職員は部屋の寸法を測り、紙に店の形を描いていく。
「ご不便に感じているところはありますか?」
私は入口を見た。
「外から見られずに、お話ができる場所が欲しいです」
あのお客様を隠すために、衝立を動かした。
けれど、出口を塞がないように置くと、私が通れる場所は狭くなった。あのときは、それでも何とかするしかなかった。
職員が、相談用の机の周りへ線を引いた。
「こちらを仕切る形なら、通路も確保できますね」
「はい。それから、着替えや荷物は、お客様の手元へ置けるようにしてください」
「収納を施術用のベッドのそばへ?」
「お願いします。途中で施術をやめても、ご自分で支度をして帰れるようにしたいんです」
職員はうなずき、伝えた収納の場所を図面に描き足してくれた。
費用を出していただくのに、注文ばかり増やしている。そう気になっても、描かれた場所を見ると、ほかにも話したくなった。
帰りたいと言われてから、私が荷物を出すのを待っていただかなくていい。ご自分で支度ができる場所が、図面の中にできていた。
「相談の席からも、出口は見えるようにできますか?」
職員が図面を私の方へ向けた。
私は隣へ寄り、通路を確かめた。こんなふうにしたかったと、初めて誰かに話せていた。
*
改装案を確認し、工事のために店を休む日を決めた。
予約のあるお客様には事情を説明し、日程を変更していただいた。いつ営業を再開するかも、今回は先に伝えられた。
工事が終わると、相談用の机には仕切りができていた。入口から奥までの通路は、以前より広い。
職員に頼まれ、新しい看板の前で撮影もした。
どこへ掲載されるのか尋ねると、開店のお知らせに使うという。
私は少し迷ってから、看板の隣に立った。
*
聖女認定店として店を開ける朝、通りの向こうにある大きな魔道具のスクリーンが光った。
神殿ギルドの紋章が浮かび、聖女様のお姿へ切り替わる。
荷物を抱えた人も、馬車を待っていた人も顔を上げた。広場や大通りに設置されたスクリーンへ、同じ映像が届けられている。
「本日、聖女認定店の第一号店が開店します」
私の店の名前が、聖女様の隣に映し出された。
新しくなった入口も。その前に立つ、私の姿まで。
こんなに大きく映るとは思っていなかった。
「店主のリネさんは、以前、神殿ギルドの認定試験で不合格となりました」
通りにいる人が、私の店へ目を向けた。
私は入口の内側で、足を止めた。
「しかし、それは技術や知識が不足していたためではありません。むしろ、既存の認定基準では評価できないほど、優れたものをお持ちだったのです」
スクリーンの中で、聖女様が微笑んだ。
「決められた施術を行うことよりも、お客様の肌に合わせて、行わないという判断をされた。その判断を、不合格としてしまいました」
私が説明しても、聞いてもらえなかったことだった。
今、それを王都中の人が聞いている。
「私は、その技術と知識、そしてお客様に向き合う姿勢を認め、聖女認定を授けました」
通りから拍手が聞こえた。
「神殿ギルドの認定を受けられなかったという理由で、このお店を避けていた方もいらっしゃるでしょう。どうぞ、ご自身のお肌の悩みを相談してみてください」
私は、新しい看板を見上げた。
金色の紋章。その下に、自分で決めた店の名前がある。
「皆様が安心してお手入れを受けられるよう、私もこのお店を支えてまいります」
発信が終わると、入口の鐘が鳴った。
「今日から予約できますか?」
初めて見る女性が、看板と私を見比べていた。
「聖女様のお話を聞いて、来たんです」
「……はい。承ります」
私は予約帳を開いた。
今日の空いている時間を指すと、女性が身を寄せた。
「こちらでしたら、今からでも」
「よかった。お願いできますか?」
「はい!」
少し、声が大きくなった。
女性が笑ったので、私も笑ってしまった。
名前を伺い、空欄へ書き込む。
書き終えても、すぐには帳面を閉じたくなかった。
「今日は、どのようなことが気になっていますか?」




