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第十九話 引き継ぎ

エデンの裏口に着いても、講師はすぐには扉を開けられなかった。

客を連れ戻せず、心蝕が発動し、討伐機関まで呼ぶことになった。

報告は送ってある。自身の責任がどこまで及ぶのか見当もつかない。

ようやく講師になれたのに。

店で働きながら研修を受け、試験のために夜も勉強した。講師の仕事が増えてからは、毎月の収入も安定し、給料日前に残りの金を数えることも、少なくなっていた。

今回の失態で、それを失うかもしれない。

取っ手を握る。

誰も怪我はしていない。そこは、きちんと伝えなければ。

店へ入ると、受付から客を見送る声が聞こえた。講師は顔を合わせないように廊下を進み、事務室の扉を叩いた。


*


「戻りました」

責任者は机に向かっていた。

「あの客は?」

「神殿ギルドに移送されました。討伐機関が対応しています」

「怪我人は?」

「いません」

講師は続けようとした。

客が帰ろうとしたこと。説明が終わっていなかったこと。リネが間に入ってきたこと。

どこから話せば、自分の対応を分かってもらえるだろう。

「報告は読んだ」

責任者は棚から顧客記録を取り出した。

叱られると思っていた。

けれど、責任者は施術履歴をめくり、初回来店時の相談内容を確かめている。

「研修で担当したときの記録も出してくれ」

講師は鞄から控えを取り出した。

責任者が、それを顧客記録へ挟む。

「この客には、もう連絡しなくていい。神殿へ引き継ぐ」

「残りの施術は……」

「できるわけないだろう」

筆を取った手が止まった。

返金の話も、今後の施術の話もなかった。

「心蝕が出た方は、皆そうするんですか?」

責任者が顔を上げた。

余計なことを聞いた。

講師は筆先を予約帳へ向けた。自分の処分もまだ分からないのに、仕事の進め方へ口を出すつもりはなかった。

「肌のことだけでは、もう対応できないだろう」

「……はい」

「あとは任せろ。明日の準備に戻れ」

ほっとした。

明日も、自分の仕事がある。

客がこれからどうなるのかより先に、それを確かめていた。


*


受付へ戻ると、店員が予約帳を差し出した。

「注意のお知らせを見た方から、ご予約です。あちらのお店を取り消されたそうです」

画面には、客へ配信した文面が残っていた。

〈認定外店舗での施術に伴う心蝕暴走が報告されました。〉

講師は、その一行を読んだ。

リネが施術をしたところは、見ていない。

本人は、していないと言っていた。

訂正するなら、今だった。受付の店員に伝え、責任者へ確認すればいい。

けれど、そうすれば、何が起きたのかをもう一度説明することになる。

扉を押さえていた自分の手も。

「……この時間なら、空いています」

講師は予約帳を指した。


*


事務室では、責任者が神殿の担当者と通信していた。

「客の記録を渡す。今は、自分の力を怖がっている」

通信の向こうから返答がある。

「そうだ。まずは安心させろ。力の扱い方を教えられると伝えればいい」

責任者は、顧客記録を閉じた。

「落ち着いたら、こちらの仕事を紹介する」


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