第十八話 聞きました
断りの文面を書き直していると、別の連絡が届いた。
明日の午後に予約を入れていたお客様だった。
〈あなたのお店で心蝕暴走が起きたと聞きました。なので、予約を取り消してください。〉
私は、その文面を二度読んだ。
今日の昼には、楽しみにしていますと連絡をくださっていた人だった。そのときは、私もうれしかった。
明日来てくださる。この人に使うものを用意して、またお話を聞ける。
それが、もうなくなった。
今度の連絡には、挨拶もなかった。
〈承知しました。ご予約を取り消します。〉
そこまで書いて、手が止まった。
事情を説明したかった。
今日は施術をしていない。誰も怪我をしていない。お客様も、今は落ち着いている。
それを知ってもらえれば、取り消さずに済むかもしれない。
予約を失いたくなかった。
お金のことだけではない。楽しみにしてくれていた人に、怖い店だと思われたままでいたくなかった。
取り消してください、と書かれている。
私は書き足さず、返事を送った。送信してからも、説明を添えれば考え直してもらえたのではないかと、同じ文面を見ていた。
*
夕方、店へ戻った。
セラさんには、翌朝また連絡すると伝えてきた。別れ際には黒いものがほとんど見えなくなっていて、本人も少し眠れそうだと言っていた。
店の前で鍵を探していると、向かいの通りにいた二人がこちらを見た。
一人が、もう一人の袖を引く。
声は聞こえなかった。けれど、私が顔を向けると、二人とも目をそらした。
鍵を差し込む手元まで、見られている気がした。
店へ入り、扉を閉めた。
倒れていた椅子を起こす。入口に寄せた衝立を、いつもの位置へ戻す。床には、黒いものの跡は残っていなかった。
朝と同じ店だった。
それなのに、外から見える窓の前に立つのをためらった。
通信魔道具が鳴った。
〈施術を受けた人が暴走したんでしょう? 私も同じものを使っています。大丈夫なんですか?〉
先週、商品を買ってくださったお客様だった。
私はすぐに返信の画面を開いた。
〈本日は施術を行っていません。〉
書いた文字を見つめた。
今度は、返事を待っている人がいる。手元の商品を、使ってよいか知りたいのだ。
怖い店だと思われたくない。その気持ちだけで、問題ありませんとは書けなかった。
〈本日は施術を行っていません。ご購入いただいたものを使ったことで発動した、という事実もありません。〉
続けて、使用中に気になることがあったか尋ね、返事を送った。
今日は何もしていない。
その一文を送るだけで、こんなに怖いとは思わなかった。
*
その後も、予約の取り消しが二件届いた。
一件は、初めて来る予定の人だった。
もう一件は、開店したばかりの頃から通ってくださっている人だった。
予約帳を開く。
名前を消したところに、空白ができた。まとめて買っておいた商材の箱が、棚の下に見えている。
今月は、少し余裕ができると思っていた。
私は予約帳を閉じ、通信魔道具を手に取った。
今日起きたことを、店のお知らせとして書き始める。
〈本日、店内で心蝕の発動がありました。施術中の発動ではなく、負傷者も出ておりません。〉
エデンの名前を入れようとして、止まった。
講師が出口を塞いだことまで書けば、セラさんの話になる。本人が知らないところで、私の店を守るために公にしていいのだろうか。
書きかけの文章を残し、画面を切り替えた。
商品について尋ねてきたお客様から、返事が来ていた。
〈使っていて問題はありません。でも、認定店のエデンから注意のお知らせが来たので。〉
続けて、画像が送られてきた。
〈認定外店舗での施術に伴う心蝕暴走が報告されました。お客様の安全のため、店舗選びには十分ご注意ください。〉
その下に、私の店の名前があった。




