第十六話 二度目
店舗監督の担当者が来たとき、セラさんはベッドに横になっていた。
眠ってはいない。扉が開くたび、そちらへ目を向けている。
担当者は部屋を見回し、私の向かいに椅子を借りた。机へ薄い書類を置く。
「本日、お客様への施術は行っていない。間違いありませんか」
「はい」
「では、どのような対応を?」
相談を受け、契約書を一緒に読んでいたと答えた。エデンの講師が訪ねてきたあと、セラさんが帰ろうとしたことも話す。
担当者は筆を動かしていた。
「講師との間で、意見の対立があったのですね」
「帰ろうとするこの方を、講師が止めたんです」
「その点も伺っています」
もう知っているのなら、なぜ私に聞いたのだろう。
同じことを、もっと上手に言わなければいけない気がした。けれど、言い方を考えるほど、何を伝えたかったのか分からなくなる。
ベッドから声がした。
「私が、帰りたいと言いました」
担当者が顔を向ける。
「はい。そちらのご説明も、記録に残しています」
セラさんは口を閉じた。
担当者は私へ向き直った。
「営業を続けていただくにあたり、一度、店内の確認が必要です。使用している商材、施術の記録、それからお客様への説明内容を確認します」
「今日は施術をしていなくても、ですか?」
「施術以外の対応も含めて確認します。それまでは、新たなお客様の受け入れを控えてください」
明日の予約が頭に浮かんだ。
いつまで、と聞きたかった。けれど、ベッドの方を見てしまった。
セラさんが私たちの話を聞いている。
この人のせいではない。それなのに、ここで困った顔をすれば、きっと謝らせてしまう。
私は机へ目を戻した。
「確認には、どのくらいかかりますか」
「提出いただく内容によります」
一日なのか、一週間なのか。それも分からないまま、明日のお客様に断りの連絡をしなければならない。
ようやく増えてきた予約だった。
*
担当者が、もう一枚の紙を取り出した。
「認定研修で、指定の施術を拒否されたと伺っています」
「そのときも、この方を担当しました。肌にひりつきがあると――」
「以前のお勤め先は、ディア・ラクリマですね」
言葉が止まった。
「……はい」
担当者は書類をめくった。
そこに、小さな顔写真があった。
エルナさんだった。
笑っていた。
私は、写真へ顔を近づけた。
施術を受ける前に、店で撮ったものだ。
撮影のために鏡を置いて、こちらを向いてもらった。
このあと、私がお手入れをした。
写真には、その前の顔が残っている。
「こちらのお客様も、あなたが担当されていますね」
私はうなずいた。
明日、仕事なんです。
あの声が、耳の近くで聞こえた気がした。
綺麗になるって言ったじゃないですか。
写真の人は、笑ったままだった。
綺麗になると私が伝えたあと、期待を込めて見せてくれた笑顔だった。
私が覚えている、あのときの乱れた顔とは違う。
けれど、どちらも私の前にいたエルナさんだ。
返事をしなければ。
そう思っても、写真から目が離れなかった。
今日のことなら、説明できると思っていた。
施術はしていない。
帰ろうとする人を止めてもいない。
でも、この人には、私が施術をした。
担当者が、もう一枚の記録を横へ置いた。
セラさんの名前が見えた。
「あなたの対応中に心蝕が発動した事例は、今回で二度目です」
二枚の紙が、同じ向きに揃えられた。
私は机を見つめていた。
すぐそばのベッドに、セラさんがいる。
今の言葉を聞いている。
振り返って、何を伝えればいいのだろう。
私は、ベッドの方を見ることができなかった。




