第十五話 書かれること
「この一任には、何が含まれますか」
職員の筆が止まった。
「診察と、必要な処置です。状態によっては、そのまま保護室でお休みいただくこともあります」
「帰るかどうかも、そちらで決めるということですか?」
セラさんが、私の手を握り直した。
職員は用紙を見下ろした。
「発動が続いている間は、安全を確認する必要があります。ただ、この書面だけで、すべてに同意したものとして扱うわけではありません」
「それを、書いていただけますか」
言ったあとで、相手の顔を見た。
面倒な人だと思われるだろうか。私が口を挟んだせいで、この人への対応まで悪くなったら。
いつもなら、そこで引っ込めていた。
職員は少し考え、用紙の余白へ筆を動かした。
「処置の前に説明を行い、ご本人の意思を確認する。これでよろしいですか?」
セラさんが文字を確かめ、うなずいた。
*
診察に来たのは、袖を肘までまくった女性だった。机の書類より先に、患者の顔を見る。
「痛むところはありますか?」
「顔が、ひりひりします」
「では、まず顔を見せてください。触るときは声をかけますね」
セラさんはつないでいた手を離し、鞄を脇へ置いた。私は椅子に座って待った。
診察をする人は、頬を覆う黒いものを無理に払おうとはしなかった。見える範囲を確かめ、使っていたものと、最後に施術を受けた日を尋ねている。
セラさんは途中で私を見た。
私は鞄から、持ってきた相談の紙を出した。
「ここに、伺ったことを書いています」
紙を渡すと、診察をする人は目を通した。
「今日は、新しいものを使わずに休めましょう。ひりつきが続くようなら、改めて処置を考えます」
セラさんの肩が少し下がった。
何かを買うようにも、今すぐ何かを受けるようにも言われなかった。
私まで、ほっとしていた。神殿に来てから、ずっと相手の言葉を疑う準備をしていたことに気づく。
目の前で診てくれている人のことも、何も知らないのに。
*
診察が終わるころには、黒いものの下から両手が見えていた。まだ身体の周りに残っているため、しばらくこの部屋で様子を見ることになった。
職員が記録を机へ置く。
「お名前と、経緯に間違いがないかご確認ください」
セラさんが紙を持ち上げた。私はその隣から、文字を追った。
〈認定外店舗にて相談中、心蝕を発動。〉
店の名前は正しかった。施術をしていないことも、下に書かれている。
けれど、セラさんはその先を何度も読んでいた。
「エデンの人が来たことは……」
職員が紙をのぞき込む。
「詳しい経緯は、別の欄に追記できます」
「帰らせてもらえなかったことも、書いてください」
セラさんの声は小さかったが、職員が筆を取るまで目をそらさなかった。
私は口を開きかけて、閉じた。
言ってくれた、と安心した。それから、自分の店で起きたことだけが書かれているのを、私も怖がっていたのだと気づいた。
職員が余白へ書き加える。セラさんはそれを読み、ようやく筆記具を受け取った。
そのとき、部屋の扉が叩かれた。
入ってきた別の職員が、私を見る。
「リネさんですね。店舗監督担当から、今回の件で事情を伺いたいとのことです。ご案内します」
私は鞄を持ち、椅子から立ち上がった。
「……行かれるんですか?」
セラさんの手が止まっていた。
一緒に来た。診察にも立ち会った。ここには、診てくれる人もいる。
少し席を外すくらい、仕方がないはずだった。
呼ばれているのだから、と言えば、この人も引き止めないだろう。
その言葉で納得してもらおうとしていた。
私は鞄を椅子へ戻した。
「この方が落ち着くまで、待っていただけますか」
職員は廊下を振り返り、それから私へ向き直った。
「では、担当者にこちらへ来るよう伝えます」




