第十四話 行き先
女性の指が、私の手に触れた。
黒いものは消えなかった。指の形も、まだよく見えない。それでも、握り返してくれたことは分かった。
店の前に馬車が止まる。ひなが外へ出て、御者と短く話したあと、入口へ戻ってきた。
「神殿ギルドの救護室へ向かいます」
女性の手に力が入った。
「……エデンの人も、来ますか?」
「同行はさせません」
女性はうつむいたまま、つないだ手を見ていた。
神殿へ連れていかれたエルナさんの、その後を思い出した。
つないだ手に、力が入りかけた。女性の顔を見て、緩める。今は、この人が頼ってくれた手だった。
*
立ち上がった女性がふらつき、私は腕を支えた。
ひなが先に外へ出る。年配の男が人を遠ざけてくれていた。馬車の扉は店の入口のすぐ前にあり、女性は顔を伏せたまま乗り込んだ。
私も続こうとして、開いたままの店を振り返った。
机には契約書と、書きかけの相談内容が残っている。施術の道具も片づけていない。
「戸締まりしてこい。ここで待ってる」
男に言われ、私は店へ戻った。
書類を鞄に入れ、入口の札を裏返す。
〈本日は閉店しました〉
午後の予約は入っていなかった。それを少しほっとしてしまう自分が嫌だった。
鍵をかけると、少し離れたところにいた講師と目が合った。
「神殿には、こちらからも経緯をお伝えします」
私は鞄の口を閉じた。
「私も、自分が見たことを伝えます」
返事を待たず、馬車へ乗り込んだ。
*
向かいに座ったひなが、通信魔道具を操作している。
女性は窓の覆いを確かめたあと、ようやく背もたれに身体を預けた。黒いものに覆われた手は、まだ私の手を握っていた。
「お店、閉めさせちゃって……」
「今日は、もう予約がなかったので大丈夫ですよ」
そう言うと、女性は小さくうなずいた。
私が困っていないと分かれば、少しは休めるだろうか。そんなことを考えながら、今は余計な言葉を足さずにいた。
馬車が止まる。
神殿ギルドの脇にある入口で、白い服の職員が待っていた。ひなが先に降り、女性の状態を伝える。
「意識はあります。負傷者はいません。付き添いが一人」
職員は女性を見て、それから私に目を向けた。
「ご家族ですか?」
「相談を受けていた店の者です。本人に頼まれて、一緒に来ました」
「承知しました。まずはこちらへ」
案内された部屋には、ベッドと椅子があった。
女性がベッドの端へ腰を下ろすと、職員は棚から用紙を取り出した。机に置かれたそれを見て、私は足を止めた。
見覚えのある枠線。右上の紋章。
新人の頃、お客様に何度も差し出した書式と同じだった。
「こちらへ、お名前をお願いします」
職員が筆記具を渡す。
女性は受け取ろうとして、自分の指を見た。
「……うまく、書けるかどうか」
「では、お名前を伺って記入します。最後に内容をご確認ください」
「……セラです」
職員は名前を記入してから、用紙をこちらへ向けた。
その下にある一文が、目に入った。
〈以後の対応を、神殿ギルドへ一任します〉
署名を求められる前に、私は尋ねた。
「この一任には、何が含まれますか」




