013 ダイエット
「壊れてる」
「何が?」
「体重計」
ウンジェは断言した。ナビはウンジェと体重計を交互に見た。
「なぜ?」
「ありえないでしょ。この礼儀知らずの体重計。何で急に四キロも増えるのよ」
「昨日のチキンはどこへ行った?」
「消化したよ。うんこもしたし」
「消化すれば消えるの?」
「消えないの?」
ナビは黙った。ウンジェは真剣だった。本当に、消化すれば食べ物はなくなると信じている顔だ。
「まず下りて」
「あなたが乗って」
「なぜ僕が?」
「正しい体重が出るか確かめればいいじゃん」
「僕の体重を知ってるの?」
ウンジェは少し考えた。
「知らない」
「じゃあ、いったい何を確かめるんだ」
ウンジェは答えずにナビを抱き上げ、体重計に乗った。数字が増えた。ナビを下ろして再び乗ると、元の数字に戻った。
完璧に正しく動いていた。
完璧に礼儀のないやつだった。
「やっぱり」
「何が」
「最近、ベッドが狭いと思った」
「スクイーズを片づけて……」
ウンジェがとぼとぼとベッドへ行って座ると、ナビもベッドに乗った。ウンジェはお腹を両手でつかみ、うなだれていた。
「どうしよう。あたしの体でもないのに」
「どうも何も、痩せるんだよ」
「正直、ソ・ウンジェもそこまで痩せてなかったよね?」
「現実逃避しないで……」
ナビは手から腹へ目を移した。見た目は、そこまで変わった気もしない。だが本人は、世界が滅びる直前のような衝撃を受けていた。
「マジアンのとき、どれくらい食べたっけ?」
「たくさん」
「確かに、たくさん食べてたね」
「王宮の宴会なら、このくらいの肉は余裕だった。パンもお酒も。でも、こんなの初めて」
「魔女の肉体とは違うんだ」
ウンジェが顔を上げると、ナビは尻尾で彼女の太ももに軽く触れた。
「これは、あの体じゃない」
分かっていた。病院でも、退院前にも、魔法を使えないと言われたときも聞いた。だが、聞くたび新しい問題がついてくる。
「普通の人間の体だと言っただろう。食べた分だけ動かなければ太るし、動かないままなら、もっと弱くもなる」
「よく食べたら丈夫になるんじゃなかった?」
「そこまで単純ではなさそうだ」
ウンジェはまたお腹を見た。これを丈夫だと呼ぶのは、何だか悔しかった。
「燃費がよすぎない?」
「何?」
「ツヤンは、ものすごく食べても太らないよ」
「あの人は魔女?」
「違うと思う……たくさん食べたら強くなるべきでしょ。何で腹が出るの」
「君の体は車なのかい?」
ウンジェは寝転がって天井を見つめてから、また跳ね起きた。
「魔法で痩せられない?」
「本当に必要なとき、やっと一度使える魔法を、何に使うって?」
「食べたら太るんでしょ」
「なら痩せればいい」
「どうやって痩せるのよ?」
ナビは考えた。複雑な検索結果はいろいろあったが、結論は一つだった。
「食べる量を減らして、たくさん運動するそうだ」
「少なく? どのくらい?」
「少なくとも、午前三時にチキンを頼んで、残りは明日と言いながら全部食べることじゃないね」
「残したらまずくなるから」
「まずくなる心配をしてる間に、体重は増えるんじゃない?」
ウンジェがにらんでも、ナビは目を逸らさなかった。
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「だから運動が必要だ」
「してたんじゃない?」
「いつ?」
「ごみ捨てに行った。コンビニも」
「エレベーターで下りて、建物二つ分だろう」
「時々階段も使った」
「それで十日分の食事を帳消しにできると?」
「できないの?」
ウンジェは唇をとがらせた。
「この世界の人、みんなこんな面倒な生き方してるの?」
「だから運動動画も多いんだろうね」
教わった言葉で検索すると、自宅での運動、初心者向けの運動、寝ながらできる運動など、無数の動画が出てきた。ウンジェは最後のものを押した。
「見て。寝ながらできるって」
「どうしていつも、そんなのばかり探すんだ」
画面の中の人が床に寝て脚を上げた。ウンジェはベッドの上でまねした。
「これが運動?」
上げるのは難しくない。下ろすのも難しくない。もう一度上げるのも、最初は簡単だった。
だが、繰り返すと腹が震えた。
「あれ?」
つま先が少しずつ下がった。画面の人は笑って保っていた。ウンジェは笑えなかった。
「こいつ、笑ってる?」
「そんなにきつくないんじゃない?」
「嘘。くっそきつい」
とうとう脚が落ちた。ウンジェは両腕を広げ、横になった。
「何秒やった?」
「知らない」
「まだ準備運動だけど」
「消して」
ナビが前足で触れると、押し間違えて最初から再生された。
〈誰でも簡単にできる……〉
ウンジェは自分で動画を止めた。
「誰でも、だってさ」
笑いかけたナビは、腹をさする彼女を見て言い直した。
「膝も痛いと言ってたね。いきなりこれじゃなく、軽く動くことから始めて。息苦しさも続くなら、病院に聞いて」
「病院?」
「つい最近までいたんだよ、君」
ウンジェは不満そうにうなずいた。ナビの言うことは間違っていなかった。ただ、退院したあとも、こんなに体に気を遣わなければならないとは思わなかった。
指一本で雷を操れたのに、今は脚二本を上げ続けることもできない。
「イネルシル、体だけはよく作ってくれたね」
何気なく漏れた言葉だった。ナビは答えなかった。ウンジェは手を開いて眺め、またスマホを手に取った。
「よし、ランニングする。外で走るのは簡単でしょ?」
「歩くことから始めた方が……」
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準備には、思ったよりいろいろな物が必要だった。着替えて、髪を結び、靴下を探し、スマホを持つ。ウンジェは玄関まで行ってから、また部屋に戻った。
「なぜ」
「AirPods」
ウンジェはまた玄関へ行き、戻ってきた。
「今度は何」
「リップティント」
「走りに行くんだよね?」
「イケメンがいるかもしれないじゃん」
「運動か、男を見るためか?」
「朕はせっかちなのだ。一度に二つ済ませるのが好きでな」
ナビは玄関脇で待った。最後に厚い上着を羽織り、猫を見下ろした。
「あなたも行くよ」
「僕は資料を探さないと」
「運動しろって言ったじゃん」
「君にね」
「あなたも寝てばかり」
「僕は、それでいい肉体なんだ」
「くっそ感じ悪い」
ウンジェがじっと見つめると、ナビは一度まばたきした。
「何」
「突然、ソ・ウンジェ誘拐事件が起きたら? ドラマチックだね。どうせあたし、魔法も使えないし……」
結局、ナビも外へ出た。猫と一緒に走るのは普通ではないので、少し離れて様子を見ればよかった。ウンジェは階段で手すりを持った。急がなければ、膝はさっきよりましだった。外へ出ると、冷たい空気が顔に触れた。
「すごく寒い! コンビニへ行くときより寒い」
〈冬だから?〉
「この体、本当に不便」
手をポケットに入れ、ゆっくり歩いた。ナビは少し離れて続いた。外ではむやみに話しかけない約束だったが、テレパシーは使えた。ウンジェも路地を出るまで黙った。
軽食店の前で、ウンジェの足が遅くなった。オムクの匂いがした。
〈何してる〉
ウンジェは咳払いした。
「匂いを嗅いだだけ」
少し先にはパン屋があった。窓の中に焼きたてのパンが並んでいた。ウンジェは首を向けて眺めた。
〈もっと太りたい?〉
「運動の邪魔が多すぎる、この町」
ナビは聞こえないふりをした。近くの川沿いには、冬なのに走る人が多かった。ネットどおりしっかり準備運動し、五分走ると、すぐ引き返した。
「ああ、くそ……人間のすることじゃない!!!」
〈体力、本当にひどいね……〉
「体を返して!! これだけでこんなに疲れるの???」
後ろでナビがため息のように鳴いた。
大した運動ではないが、戻ると頬は冷たく、背は少し温かかった。靴を脱ぐなりベッドへ向かった。
「寝ずに洗って」
「ちょっと座るだけ」
そう言いながら、肩はもう枕についていた。ナビに見つめられると、ウンジェはまた起き上がった。
「くそ、口うるさすぎ。犬かよ」
「猫だけど」
「猫うるさい。うざいやつ」
「汗をたくさんかいたよ」
「少し休んでから洗えばいいじゃん」
「悪いけど、自分の体じゃなくても、自分の体を大事にして」
ウンジェはスマホを手に取った。走ってきたのだから、ショート動画一本くらいは見てもいいだろう。画面をつけると、通知が目に入った。
[あなたの動画に新しいコメントが届きました。]
「あれ?」
通知を押すと、見慣れた顔が出てきた。この部屋で撮った、自分の顔だった。
〈こんにちは。ソ・ウンジェです〉
ぎこちなく手を振っていた。今見ると恥ずかしかった。ウンジェは音量を下げ、動画の下を見た。
再生回数二万。
ウンジェはまばたきした。画面を更新しても、数字は消えなかった。
「ナビ」
「何」
「すごい」
「何が」
「あたしの動画。再生が伸びた」
ナビが乗ってくると、顔の前へ画面を差し出した。
「二万回」
「前のニュース?」
「違う。あたしの。あなたをトイレに入れて撮ったやつ」
本当だった。忘れていた三十秒の挨拶動画の下に、予想もしない数字があった。
「確認しなかったの?」
「初めは。でも三百くらいで止まったから」
「それからゲームだけ?」
「ドラマも見た」
ナビは反論しなかった。ウンジェはコメント欄を開いた。
↳ ニュースから検索して来ました。退院できてよかったです。
↳ アルゴリズムに送られてきた。インタビューの方ですよね?
↳ よく食べて休んでください。これからいいことだけありますように。
↳ 最後に扉を引っかく音、何? 猫飼ってます?
↳ 挨拶のとき、目はカメラを見るのに手の行き場が分からないの、かわいいw
最後まで見ると、両手を振る後ろで、確かにかすかな音がした。
カリ、カリ。
「扉、引っかいた?」
「すぐと言いながら、いつまでも開けなかっただろう」
「これを聞き取るんだ」
ウンジェは笑いながら読み進めた。ニュースから来た人も、偶然おすすめに出てきたという人も多かった。これから何を投稿するのか、という質問もあった。
「日常を見たいって」
「出すと言ったからね」
「ゲームもいいよね?」
「ゲンジを罵る君?」
「切ればいい」
「何も残らなさそう」
ウンジェはナビをにらみ、チャンネルに戻った。動画は一つだけだった。それなのに、次の動画を待っている人がいた。
指が止まった。さっきまで、見たいものを見せ、食べたいものを注文する道具だった。今は、知らない人が自分の話を待っていた。
また再生回数を見た。
「で、お金はどこで確認するの?」
ナビがまたため息のように鳴いた。
「再生だけですぐお金が入るわけではないらしい。収益には条件があるようだ」
「大企業の野郎ども。入院費はきっちり取るのに、あたしのお金はさっさとくれないんだから」
「前から思ってたけど、どうしてそんなに大企業が嫌いなの?」
「知らない。誰かが子供のころからソ・ウンジェを洗脳したんじゃない」
「ウンジェじゃなく、君が嫌いなんだろう」
「違う違う。ウンジェが嫌いなのでーす」
文句を言いながらも笑っていた。すぐ入金されないことより、二万という数字の喜びが大きかった。
「撮らなきゃ」
「何を?」
ウンジェは部屋を見回した。題材が必要だった。
ベッド、布団、スクイーズ、卓上の菓子袋。そして片づけていない体重計。視線が止まった。
「これだ」
「何? スクイーズ?」
「ソ・ウンジェのダイエット挑戦記」
ナビはウンジェと体重計を交互に見た。
「そんなの誰が見る?」
「こういう動画、めちゃくちゃあるよ」
ウンジェは本二冊の上に容器を載せ、スマホを立てかけた。自分の顔が映るか確認した。今度は、挨拶のあとに何を言うか、わかっていた。
「ナビ、ちょっとトイレにいて」
「何でまた僕が!」
ウンジェはにこりと笑った。
「あなたも、そろそろ餌代くらい働かないと」
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この小説は、ええと……フィクションです。作者が、とある……に脅されたり洗脳されたりして彼女の物語を書いているわけでは絶対にないことを、あらかじめ明記しておきます。どうか、どなたも誤解なさらないでください。




