011 WESTEUNJAE
「ソ・ウンジェの記憶には、料理のことはないの?」
「うーん……この子、ラーメンしか作れないみたい」
部屋の床に座卓を出し、ラーメンを食べるウンジェに、ナビは首を横に振った。
「二日も、僕にはこんな硬い餌だけ? 君はラーメンだけ?」
「おいしいけど……そっちはまずいの? キャットフードって、みんなこんなものじゃない? コンビニのだからまずいのかな?」
「いや……魚はないのかって……」
「売ってなかったよ。スーパーに行かなきゃかな?」
「魔女の体のときは、何を食べても気にしなかったけど……調べた限り、この食生活には問題がありそうだね」
最後の麺をすすってから、ウンジェは考えた。
「スーパーに行くには車が必要だし……ユジャを呼ぼうか?」
「拠点ができたから、呼ぶのはいい考えだけど、まさか乗って行くつもり?」
「ええと……本当に、何とか乗れそうなんだけど……」
「その体でナネシルみたいに墜落したら、即死だよ。それに、ほうきでスーパーへ行くって、自分が魔女だと近所中へ自慢する気かい?」
ウンジェは唇をとがらせた。
「魔女狩りは十八世紀に終わったんだけど……」
「僕が調べたところでは、今は超能力があるとCIAに捕まって実験されるらしいよ」
「この猫、くっそ物知りになったな」
言い合っていると、玄関のベルが鳴った。
――ピンポーン。
ナビをベッドへ行かせ、ウンジェはすぐ玄関へ走って扉を開けた。
ピンクのセルフレーム眼鏡に、きらきらした飾りの多いニット帽をかぶった、年配の女性が立っていた。
「ソ・ウンジェさん?」
「はい。もしかして、大家……さん?」
「あら、初めまして。年を取ると、うっかり忘れてばかりでね。昨日来るつもりが、また忘れちゃった」
「あ……はい。よろしくお願いします」
「部屋は全部掃除しておいたけど、大丈夫?」
大家は肩越しに部屋をちらりと見た。
「はい、きれいです」
「あら、ラーメンなのね。ちゃんと食べなきゃ駄目よ。下の『チョンソルおばさんの店』だったかしら、定食を配達してくれるの。おいしいわよ。『おばちゃんの食卓』とかいう惣菜屋さんもおいしいし」
「惣菜屋さん? いいですね! 行ってみます」
「そうそう。インスタントばかりだと太るし、よくないから」
隅に隠れたナビは、玄関から流れ込むおしゃべりに圧倒された。
――うわ……ものすごくよくしゃべるおばあさんだ……。
「あなたの記事も見て、事情も全部聞いたから、気の毒でね。おばあちゃんだと思って、何かあったら電話して。いい?」
「はい……はい……」
大量の情報に少しうんざりして、返事がそっけなくなったころ、大家がポケットから何かを出した。二十枚以上はありそうな請求書の束だった。
「あ、それから、叔父さんに言おうと思って忘れてたんだけど……契約してから二年間、誰もいなかったでしょ? 解約しなかった理由は知らないけど、その間の管理費が一度も払われてなくて、だいぶたまってるの」
「かん……りひ?」
新たな情報に、ウンジェの脳が一瞬処理を止めた。
「事情は分かってるから、更新はチョンセの預け金を増やさず、あと二年住めるようにしようと思ってるの。でも管理費は全部立て替えたから、そのまま帳消しにするのもちょっと……」
「い……いくらですか……??」
「ここはネット、電気、水道込みで月二十万ウォン。二十三か月分払ったから、合計四百六十万なの。叔父さんに言って、払ってもらわないと……」
「よ……四百万……」
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大家が口座番号の紙を置いて帰ると、ウンジェは扉を閉め、即座に悪態をついた。
「ああっ!! くそ!! ふざけんな!!! 何でこんなにお金が出ていくの!!」
ナビが隅から出てきて答えた。
「ネットで読んだけど、一人暮らしを始めるのは、呼吸を有料にするのと同じらしいよ」
「何それ?」
「息をしているだけで、お金がかかるということ」
ウンジェは紙を見た。
「四百六十万……一千万ももらったのに、これもお願いしていいのかな?」
「払ってくれるんじゃない? あの人、君をけっこう好いてるし、親族だろう? ほとんど娘みたいなものじゃないか」
「違うと思う。あそこは息子が二人いるし、わざわざそう思わないんじゃない?」
「子供がいるの?」
「いるよ。生意気なやつら。今ごろ二人とも中学生かな?」
ナビは後ろ足で毛を整えた。
「とにかく払うべきだろうね。今は、この世界の誰ともトラブルを起こしていい段階じゃない」
「二日でいくら使ったっけ? コンビニとARTBOXで十万ウォンくらい……」
「あのばかげた玩具とガチャのせいだろう」
「キーキャップとスクイーズは生活必需品なの」
「君、本当にマジアン???」
「なわけないじゃん」
「くっそ腹立つね。本当に」
スクイーズを揉みながら考え込むウンジェを、ナビは見た。この世界で彼女の記憶が大いに役立っているのは事実だ。
だが、今のソ・ウンジェがマジアンとしての自己を強く保っているのか、いつからか疑問を感じ始めていた。
確かにマジアンの魂は入っている。しかし、スクイーズに執着する姿は、まさしく普通の若い女の子だった。同じく若い女の子だったマジアンが、ソ・ウンジェに出会って、隠れていた本能が現れたのだろうか。
「お金を稼がなきゃ」
「稼ぐ?」
「すぐなくなるよ。一千万で一年は暮らせるって漠然と思ってたけど、無理。このままじゃ三か月ももたない」
「スクイーズやワックスボールを買わなければ……」
「それより稼ぐ方が現実的」
「ワックスボールをやめるのは非現実的なのかい?」
「そういうこと」
呆れて見ていたナビは、本当にそれが現実的かもしれないと思い始めた。
致命的な副作用を覚悟してでも魔法を使えば、お金を稼ぐのは簡単かもしれない。この世界でも金は価値が高い。物質再構成魔法で金を作るのは、最後の手段として検討に値する。
だが、何度できるだろう?
この世界の経済システムが複雑すぎることも、別の障害だった。
まだ理解しきれていないが、マネーロンダリングという言葉が存在する以上、突然大金を得るのは、法律上の問題になる可能性が高い。
――トラブルは駄目だ。
今は、絶対に安全な方法で、脳損傷を治す医療技術や魔法を探さなければならない。そのためにも、ある程度のお金は必ず必要だ。
「よし」
「何?」
「稼ごう。方法を調べるね。YouTubeには何でもあるし」
スマートフォンを手にベッドへうつ伏せになると、隣に寝たナビが答えた。
「アルバイトをすればいいんじゃない?」
「普通は最低賃金だよね……今の時給、いくら?」
「一万ウォンくらい。週四十時間なら、月二百十万ほどらしい」
「あたしの入院費くらい稼ぐのに、どれくらいかかる?」
「四億五千万? 一銭も使わず貯めて……十七年十一か月かな?」
驚いてナビを振り返った。
「やば……病院で二年寝てた代償が、十七年十一か月の労働?」
「同じ貨幣価値なのかな? この世界には、まだ奴隷制度があるようだね」
「うわあっ!!! 楽に稼ぐ方法はないの?」
ぶつぶつ言いながらYouTubeショートを送る手が、急に止まった。携帯からの声に、ナビの耳も立った。
画面には[二年間の昏睡から回復した、話題の少女]という字幕と、ウンジェのインタビューが映っていた。
〈事故当時のお気持ちを話していただけますか?〉
〈ほとんど覚えていないんです。お父さんやお母さんと何か話してたんですけど……ひどい記憶だから、忘れようとしているのかもしれません〉
〈そうですか。では最後に、今後のご予定は?〉
〈まずは……体を取り戻……いえ、体を回復させてから、考えたいです。特別な予定はありません〉
「えっ? いいね二万??? 待って……再生十六万??? 何でこんなに人気なの?」
「顔がそのまま出てるじゃないか。僕がいないときに撮ったの?」
「別に隠す必要もないかなって……いい感じにまとめてくれてるし」
コメント欄を開くと、いろいろなコメントが出てきた。
↳ 飲酒運転するやつは全員捕まえて死刑にすべき。
↳ 本当に感動した。両親を亡くしたのに、どうしてこんなにしっかりしてるんだろう。
↳ こんにちは。娘を育てる四十代の男性です。この方の動画を見て涙が……(非常に長い感動の体験談)
↳ ばかども、本物だと思うか? とっくに目覚めてたのに、裏金問題を隠すために今インタビューしたんだよ。目覚めたばかりで、あんなに顔がつやつやしてるわけないだろ。
↳ 顔かわいい。YouTubeやったら稼げそう。
「ほら、誰が見ても君の健康状態は怪しいんだよ」
「YouTubeでお金が稼げるの?」
別々のことを言った二人は、顔を見合わせた。ナビが首を振る。
「有名になるのは反対だな……まだ君の体をどう治せばいいか、見当もついていないし……」
「じゃあ時給一万のバイトをしろって? あたしの動画でこれだけ再生されてるのに? 待って、こいつら、再生の収益を全部持ってくじゃん。ああ、悔しい!!!!!」
「再生が多いと、お金になるの?」
「そう!!! この世界では、人気がお金なの!!!」
ナビは再び画面を見た。顔の映った動画は、すでに十六万回も再生されている。今さら隠れて暮らせと言っても、消えるわけではない。
だからといって、もっと人前へ出るのがいい考えかは分からなかった。
「あー、くっそ腹立つ。まずチャンネルを作ろう。動画を出すかどうかはともかく、悔しくて我慢できない」
「まあ、内容を考えれば、顔を出さない方法もあるし……」
「名前は何にしよう……ソ・ウンジェ……ソ……ウンジェ……WestEunjae?」
「何? そのネーミングセンス、本気?」
「よし、決まった!!」
その場でGoogleアカウントを作り始めた。ナビには見慣れない画面操作が数分続き、空っぽのチャンネルが現れた。
https://www.youtube.com/@WESTEUNJAE
「よーし! YouTubeの大スター、ソ・ウンジェが行くぞ!!!」
ベッドで楽しそうに跳ねるウンジェを見ながら、ナビは深く考え込んだ。
――これ、大丈夫なのか?
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この小説は問答無用でフィクションです。作者が、とある魔女に脅されたり洗脳されたりして彼女の物語を書いているわけでは絶対にないことを、あらかじめ明記しておきます。
どうか、どなたも誤解なさらないでください。
ソ・ウンジェのYouTubeチャンネルも、ご覧いただけると嬉しいです……。
https://www.youtube.com/@WESTEUNJAE




