第七話:天啓の残照 (改稿)
第七話:天啓の残照
「静寂の修道院」の最奥、千年の祈りが染み付いた大礼拝堂。
天窓のステンドグラスを透過した月光が、冷ややかな青白い帯となって降り注ぎ、祈りを捧げるミリアムの横顔を、あたかも白銀の死装束のごとく透徹に染め上げていた。彼女の周囲には、この世の喧騒を一切拒絶するような絶対的な静謐が漂っていた。
その静寂を無惨に引き裂いたのは、大気を物理的に爆ぜさせる凄まじい聖なる波動だった。
突如として空間が黄金の亀裂を走らせ、巨大な翼を羽ばたかせながら、法を統べる天上の使徒、天使タルカスが降臨した。
「……ミリアムよ。空虚な祈りを止め、私の声を聞け」
タルカスの言霊は、地底を揺るがす雷鳴のように重厚でありながら、同時に、神経を痺れさせる毒を含んだ蜜のように甘美に響いた。彼の纏う法衣は光の繊維で織られ、その双眸には人間を「数」としてしか見ない冷徹な神性が宿っている。彼は天界の断罪者として、平伏する乙女に非情なる真実を宣告した。
「東の地、アンクール王国が魔王の軍勢によって蹂躙された。大地は業火に焼かれ、民の断末魔は天を衝き、雲を散らしている。……ミリアム、汝の魂に預けし『天王力』を解放し、その真価を証明する時が来たのだ」
その言の葉が床に落ちた瞬間、ミリアムの瞳に宿っていた湖のごとき慈愛は一瞬で霧散した。代わりに宿ったのは、万物を凍てつかせるほどに峻烈な、一筋の決意の光である。
彼女は音もなく立ち上がった。その動作には一点の迷いもなく、壁の祭壇に鎮座する古の聖剣へと細く白い手を伸ばす。
「アンクールが、炎に……。承知いたしました。この命、天命という名の焔に捧げ、魔を穿つ峻烈なる盾となりましょう。たとえ、この手がどれほど血に汚れようとも」
祈りの場であった神聖な礼拝堂は、一瞬にして、鉄と戦塵の気配に塗り替えられた。彼女が纏う清廉な外套が、出撃の決意を孕んだ不可視の風に激しくたなびく。その立ち姿は、もはや「救済の乙女」ではなく、破滅を呼び込む「断罪の戦女神」そのものであった。
その凛冽たる美しさを、タルカスは息を呑んで凝視していた。
本来、天使が地を這う矮小な人間に心を乱されるなど、許されざる不実であり、堕落の端緒である。
しかし、使命という名の業火に焼かれながら、なお透き通るような輝きを放つ彼女の瞳――そして、月光さえも色褪せさせるその神々しいまでの存在感に、タルカスの冷徹であったはずの魂は、かつてないほど激しく揺さぶられていた。
(……おお、なんという気高き美しさか。これほどまでの光を放つ魂が、この泥濘の地上に存在していようとは。ミリアムよ、お前を無惨な戦場へ送るのが惜しい。いっそこのまま、天の法を背いてでも我が腕の中に封じ込め、永遠に独占してしまいたいほどに……)
天使の歪んだ情欲を孕んだ独白を置き去りにし、ミリアムは迷いのない足取りで礼拝堂を後にした。
彼女が見据える東の空には、血の再会を果たすべき二人の兄弟――シーザーとアレクサンダーの運命が待ち受け、そして、すべてを飲み込まんとする暗黒の渦が、口を広げて彼女を待っていた。




