第十九話:鉄鎖の覇王、傾国の残照 (改稿)
第十九話:鉄鎖の覇王、傾国の残照
石造りの冷徹な空気が支配する法国議場。
そこでは、敗軍の将アレクサンダーの処遇を巡り、悍ましくも醜悪な論争が繰り広げられていた。
「即刻処刑すべきだ! 神への反逆者を生かしておくなど、法の冒涜に他ならん!」
「いや、見せしめに焚刑に処せ。その絶叫を全土に響かせるのだ」
並み居る元老院議員たちは、かつてシーザーと共に聖王力を振るい、神の盾となった英雄たちの成れの果てであった。
引退と共にその身を蝕む強欲と老いに抗う術を知らず、弛んだ肉を豪華な法衣で包み隠している。
彼らにとってアレクサンダーの裁きは、若き日の自分たちが失った輝きを蹂躙する、残虐な「娯楽」に過ぎなかった。
その喧騒を切り裂くように、シーザーが冷然と声を放った。
「死なせるには惜しい。奴隷剣士として闘技場に立たせ、最底辺の泥を啜らせるのが、反逆者への相応しき罰だ」
シーザーは、金貨の重みに目が眩んだ奴隷商人の卑屈な眼差しへ、冷ややかな視線を送った。
元老院は、その商人が提示した破格の上納金に喉を鳴らし、渋々と提案を呑んだ。
シーザーは、目の前の「かつての正義」たちが放つ、権力と加齢の混ざり合った腐臭を軽蔑した。
同時に、その汚濁を政治の道具として利用している己の立場に、虚無的な苦笑を漏らすしかなかった。
傾国の美、崩壊する理性
一方、王妃レイミアもまた、峻烈な断罪の場に引きずり出されていた。
当初、彼女はその超然とした美貌ゆえに、人心を惑わす「魔女」として疑われた。
しかし、ミリアムの監視下で行われた厳格な聖別の儀式を経てなお、彼女の魂は紛れもない「人間」であることを証明した。
その真実が、元老院の老人たちの理性を粉々に粉砕した。魔の力に依らず、ただ存在すること自体が奇跡であるほどの美。
「……これほどの美が、魔の力に頼らずして存在するとは。神よ、これは誘惑か、それとも祝福か」
元老院の有力者、コンスタンティンは、陶酔しきった瞳で彼女を凝視した。
コンスタンティンは、かつての戦功で地位を築いた男だが、今やその顔は欲望と虚栄心でぶよぶよに膨れ上がっている。
脂ぎった額を拭いながら、彼はレイミアを「貴賓」として遇することを強引に決定した。
だが、それは破滅への序曲に過ぎなかった。
わずか数日のうちに、高潔であるはずの議員たちはレイミアの虜となり、醜い内紛を始めた。
彼女を取り合うために互いを呪い、過去の汚職を暴き合い、ついには六名もの重鎮が私兵を動かして血を流し、果てた。
レイミアはただ、そこに座り、慈悲深い女神のように静かに微笑んでいた。それだけで、最強の軍勢すら容易く崩壊させる猛毒となったのだ。
ついにコンスタンティンは、血に塗れた同僚たちの椅子を跨ぎ、欲望を隠そうともせずレイミアに跪いて求婚した。
「女王よ、いや私の愛しき人よ。タルカのすべての富を君に捧げよう。私の正妃となるのだ」
しかし、彼女の答えは氷のように冷たく、鋭かった。
「私には、魂を誓い合った夫がおります。重婚など、この厳格な法国の法が許さないのでしょう?」
夫――すなわち、今や地下牢で冷たい鉄鎖に繋がれたアレクサンダーのことである。
その名を聞いた瞬間、コンスタンティンの顔は怒りと嫉妬で紫に染まり、醜く歪んだ。彼は叫び、その歪んだ情念を闘技場の砂へと向けた。
「ならば、その男が死ぬ瞬間を見せてやろう! 貴様が縋るその『夫』が、奴隷剣士として、無惨に、無価値に、獣に食い散らかされて果てる様をな……!」
かつての聖戦士は、観衆の嘲笑と罵声を浴びる使い捨ての剣闘士へ。
かつての王妃は、強欲な老人たちの欲を煽り、国を食い荒らす黄金の鳥籠の小鳥へ。
そして聖騎士は、その地獄を特等席で見つめる、魂を凍らせた監視者へ。
運命は、かつての三人を最も残酷な、血と欲に塗れた形で再会させようとしていた。闘技場の幕が開く日は、すぐそこに迫っていた。




