第十六話:叛逆の凱歌、銀腕の再臨 (改稿)
第十六話:叛逆の凱歌、銀腕の再臨
数年の月日が流れ、アンクール王都には退廃と繁栄が綯い交ぜになった、妖しい熱気が沈殿していた。かつての荒廃した街並みは姿を消し、代わりに、夜通し灯る極彩色の灯火と、男たちの理性を溶かす芳香が漂う「享楽の都」へと変貌を遂げていた。
深夜、王宮の奥底――乱れた薄衣と香油の匂いが立ち込める褥の中で、女王レイミアは、汗ばんだ肌を月光に光らせながら、濡れた瞳でアレクサンダーを見つめた。
彼女の指先は、戦いと情欲によってかつてより厚みを増したアレクサンダーの胸元を、這う蛇のように愛撫する。
「ねぇ、私の偉大な覇王……。北のワルト山に巣食う、汚らわしいゴブリン共を『お掃除』してはいただけないかしら?」
「またおねだりか、レイミア。……おやすい御用さ。あそこは、お前の白磁の肌を飾るに相応しい、青い宝石の産地だったな」
「ええ。あそこからは質の良い『タルカ石』が採れるのよ。……あなたが王として、その全てを支配し、私の足元に捧げてくださるなら……私はもっと、あなたに尽くせますわ。夜の終わりさえ忘れるほどに」
その毒を含んだ蜜のような囁きに突き動かされるように、アレクサンダーはこの数年、東タルカの版図のほとんどをその剛剣で平定せしめた。かつて魔獣から人々を救うために振るわれた聖戦士の武威は、今や一人の女の欲望を叶えるため、そして己の支配欲を満たすための、純粋で剥き出しの暴力へと変貌していた。
翌日、王宮の静寂を切り裂くように、タルカ法国本国からの使者が謁見の間に現れた。
使者は背筋を正し、本国の威光を笠に着て、滞っている「上納金」の即時支払いを高圧的に要求した。かつてのアレクサンダーであれば、渋々ながらも応じていただろう。
だが、今の彼に、目に見えぬ神への敬意など、爪の垢ほども残ってはいない。
「上納する金、だと? ……使者殿、生憎だが、貴様らのような欲深き老人どもにくれてやる銅貨一枚、この国には残っていない。すべては、俺を愛する女たちと、俺に従う兵たちの酒代に消えたよ」
アレクサンダーは玉座に深く腰掛け、黄金の装飾が施されたワイン杯を傾けながら、鼻で笑って使者をあしらった。
タルカの属国、あるいは神の傀儡であることを公然と止め、独立独歩の覇道へと舵を切る。
それは、天王界という名の「絶対秩序」への明確な宣戦布告であった。
「……ま、待て! 此度の不遜、本国が、いや神が黙ってはおられぬぞ!」
怯えと怒りに震える使者を見下ろし、アレクサンダーは残酷な笑みを深めた。
「丁重にもてなしてやれ。……文字通りにな」
アレクサンダーが近衛の女官たちに下した命は、死よりも恐ろしい意味を持っていた。
使者たちは、浴びるほどの美酒、山積みの賄賂、そして理性を根底から溶かす淫蕩な歓待の沼へと沈められた。
本国への忠誠心も、神への祈りも、金と欲で腐らせ、使い物にならなくする――それが、今の彼の「聖戦士」としてのやり方だった。
だが、沈黙を貫いていた法国が、ついにその牙を剥いた。
アンクール王国の喉元へ突きつけられたのは、本国からの正式な宣戦布告。
国境付近には、アンクール軍の数倍に及ぶ軍勢が、地平線を埋め尽くす白銀の波となって押し寄せていた。
そして、その軍を率いる総帥の名を聞いた瞬間、アレクサンダーの胸の奥で燻っていた闘争の火種が、数年振りに激しく爆ぜた。
「……総大将、シーザー。元老院の奥底で、書類に埋もれて死んだかと思っていたが……わざわざ戦場へ舞い戻ってきたか」
報告を聞きながら、アレクサンダーは傍らで不安げな(あるいは期待を込めた)表情を浮かべるレイミアを、その剛腕で強く抱き寄せた。
一方は、かつての理想を捨ててまで、「ミリアムの守護」と「世界の秩序」という鎖を自らに課した、冷徹なる白銀の死神。
一方は、神を捨て、欲望のままに世界を塗り替え、王女を抱き、闇の覇道を突き進む、黄金の獣。
「面白くなってきたな……。シーザー、お前の『正義』は、俺の『渇き』に応えられるか?」
アレクサンダーの唇が、狂気と歓喜の入り混じった、鋭く歪な弧を描く。
かつて同じ籠で眠り、同じシスターの温もりを分け合い、共に魔獣を屠った「兄弟」たちが、今、互いの国と譲れぬ正義(あるいは欲望)を懸けて、真の殺し合いへと足を踏み出そうとしていた。
アンクールの平原を再び血で染めるのは、神の祝福か、それとも堕落した英雄たちの終焉の咆哮か。風は冷たく、戦乱の再開を告げていた。




