第十一話:傾国の檻、女帝の招聘(改稿)
第十一話:傾国の檻、女帝の招聘
アンクール平原を血で染め上げた戦火が嘘のように、王都の街並みは整然としていた。
かつての喧騒は影を潜め、石畳は磨き上げられたように輝いている。
略奪の跡も、砲火の傷跡もない。
ただ、乾いた風に舞う砂塵だけが、この都に満ちる生命の気配が、あまりにも歪で希薄であることを無言で告げていた。
「……事前にあった報告通りだな。だが、形容しがたい違和感がある」
シーザーは愛馬を止め、周囲の路地を鋭く見渡した。彼の「正義」を司る直感が、この静寂の奥に潜む底知れぬ深淵を察知し、警告を発している。
ミリアムは錫杖を握り直し、その清廉な眉を微かに潜めた。浄化の力を宿す彼女の感応力が、街のあちこちから漂う、甘く、そして頽廃的な魔の残り香を捉えていた。
アレクサンダーは巨大な鉄塊を担ぎ直すと、鼻で笑って足元の石を蹴った。
「おい、気づいたか? この街、野郎の姿が一人も見当たらねえ。ガキから年寄りまで、見渡す限り女ばかりだ。……気味が悪ィぜ」
その言葉通り、窓越しにこちらを伺う視線も、路地裏に潜む影も、すべてが女たちのものだった。
男という性がこの都から根こそぎ消え失せ、歴史から抹消されたかのような異様な光景。
そこへ、一人の使者が現れた。
豪奢な絹のドレスを纏い、鈴を転がすような美声で、その女は女王からの謁見を申し出た。
「――救国の英雄たちよ。アンクール女王が、貴方方をお招きしております。勝利の祝杯と、心からの感謝を、王城にて捧げたいとのこと……」
罠の臭いが、強烈に鼻につく。
だが、この都を覆う異変の正体を突き止めるには、毒を呑む覚悟で懐に飛び込む他に道はなかった。
一行は主だった指揮官たちを連れ、不気味なほど滑らかに開く重厚な城門を潜った。
城内もまた、一分の隙もなく「女」によって統制されていた。
門番、給仕、近衛兵――視界に入るすべての者が、磨き上げられた刀剣のように鋭く、そして狂おしいほどに美しい女たちであった。
「……シーザー、気をつけろ。ここは戦場より質が悪い。剣で斬れない何かが、そこら中に張り付いてやがるぜ」
アレクサンダーの低い囁きを、シーザーは無言の頷きで受け止める。
二人の戦士の背中には、かつてない冷や汗が流れていた。
やがて、深紅の絨毯が敷き詰められた謁見の間、その重い扉が音もなく開かれた。
一歩踏み出した一行の鼻腔を突いたのは、濃厚な香油の香り。それは理性を麻痺させ、本能の鎖を一本ずつ解いていくような、禁断の芳香であった。
玉座に鎮座していたのは、二人の女。
その姿を目にした瞬間、一騎当千の英雄たちの呼吸が止まった。
一人は、アンクール女王。
熟れきった果実が滴るような色気を放ち、全てを見透かす妖艶な瞳を持つ女。彼女がひとたび唇を綻ばせれば、百の城が一夜にして落ちると謳われる「美」の権化。
その肌は月の雫を固めたように白く、纏うドレスは彼女の肉体の輪郭をなぞるたびに、見る者の道徳を塵へと変える。
そしてその傍らに控えるは、王女レイミア。
女王と並び立つに相応しい、瑞々しくも峻烈な年頃の乙女である。
彼女の美しさは、女王のそれとはまた異なる「神への冒涜」であった。
氷細工のように透き通った冷徹さと、深淵を湛えた瞳に宿る神秘的な輝き。
長く波打つ夜色の髪は、見る者の魂を永遠に絡め取る鎖のようであり、その唇が描く完璧な曲線は、神の筆が誤って地上に落とした最大の過ち、あるいは最高傑作。
その立ち姿はあまりに気高く、あまりに完璧すぎて、この世の光をすべて吸い寄せているかのような錯覚さえ抱かせる。
まさに、絶世。
その二人の美貌は、もはや暴力であった。見る者の魂を根こそぎ奪い去り、理性を焼き払い、ただひれ伏して盲信することのみを強いる、魔力的な威圧感を放っている。
「ようこそ、聖域の守護者たち。そして……懐かしき『人間』の兄弟たちよ。我が都へよくぞ参られた」
女王の唇が、捕食者のような妖艶な弧を描いた。
その瞬間、一行の背後にあった巨大な扉が、重い音を立てて閉ざされた。
逃げ場のない美しき檻。
力による闘争ではなく、魂を、心を、存在そのものを奪い合う残酷な遊戯が、今、幕を開けようとしていた。アレクサンダーの黄金の瞳がレイミアの冷徹な眼差しと衝突し、見えない火花が散る。
それは恋ではなく、滅びへと誘う誘惑の始まりであった。




