第十話:断罪の鉄槌、慈悲なき光(改稿)
第十話:断罪の鉄槌、慈悲なき光
「各員、配置を厳守せよ。……狙うは魔王族の心臓部。一撃のもとに、その虚飾の支配を穿つ」
本陣の中央、戦塵に揺れる旗印の下で、ミリアムの声が戦場全体を覆うように響き渡った。彼女の指し示す聖なる采配により、アンクール連合軍は鮮やかに二つへと裂かれた。
魔王族を根絶やしにするための「純粋なる光」と、操られた同族の枷を断ち切るための「劇薬」。
「全軍、突撃。我らが往く道に、一片の影も許すな」
シーザー率いる聖騎士団が、大地を揺らす蹄の音と共に、ゴブリンとコボルトの連合軍へと正面から突き刺さった。
シーザーは愛馬を駆り、その最前線で名剣を抜く。
彼から溢れ出す「聖王力」は、もはや温かな救いなどではない。
魔族にとっては細胞のひとつひとつを内側から爆ぜさせる、死の抱擁であった。
一振り。
シーザーの剣筋が描く銀色の弧は、残像が光の尾となって空間に刻まれる。
刃が触れた魔躯は、斬り口から噴き出す浄化の炎に包まれ、悲鳴を上げる暇もなく白い塵へと変わっていく。
「塵に還れ。貴様らがその醜い足で踏み荒らすには、この大地はあまりに尊すぎる」
シーザーの白銀の突撃には一分の乱れもない。
返り血を聖なる結界で弾き飛ばしながら、彼はまるで冷徹な計算機のように敵の急所を抉り続けていく。
その絶対的な神威に気圧され、士気の低い魔族たちは戦う前から武器を投げ出し、瓦解し始めた。
整然と繰り出される槍の林が、逃げ惑う獣たちの背を容赦なく貫き、地平線までを純白の光で塗り潰していく。
一方で、アレクサンダーとハボン率いる聖戦士団は、魔族に操られた「人間の軍勢」と対峙していた。
正規兵であれば、かつての戦友や同族を手に掛けることに躊躇い、軍は停滞しただろう。
しかし、アレクサンダーの配下は地獄の底を這いずり、倫理よりも生存を重んじてきた傭兵の群れだ。
「……悪いな、野郎ども。恨むなら、俺じゃなくあんたらの心を弄んだ魔王族を恨め」
アレクサンダーが背負った漆黒のグレートソードを、大気を震わせる轟音とともに一閃させる。
彼が振るうのは、聖王力という名の「破壊の権化」。
盾を構え、涙を流しながら剣を向けてくる同族の兵士たち。
アレクサンダーはその防具ごと、あるいは彼らの背中に絡みつく魔の糸ごと、力ずくで叩き伏せていく。
刃ではなく、衝撃波で敵を無力化する。
腕が折れ、骨が砕ける。だが、それは死よりも残酷で、死よりも確実な「救済」だとアレクサンダーは知っていた。
「見ろよアレクサンダー! 騎士様たちが上品に床掃除してる間に、こっちは血と泥の雨だぜ! 最高じゃねえか!」
横でハボンが下卑た笑声を上げながら、手際よく敵陣の隙間に投げ斧を放り込み、混乱を爆発的に拡大させていく。
アレクサンダーの剛腕が振り下ろされるたび、戦場の「毒」が魔の支配を強制的に剥ぎ取っていった。
激突が頂点に達した時、中央に陣取るミリアムが天に向かって錫杖を高く掲げた。
「光よ、迷える魂に安らかな眠りを与え……邪悪なる者には永劫の退散を!」
彼女の祈りが臨界点を超え、黄金の衝撃波が円環状に広がって戦場全体を駆け抜けた。
その波動は、魔族の支配下にあった人間たちの精神を一瞬で麻痺させて眠りにつかせ、同時にゴブリンたちの戦意を根底から打ち砕く。
圧倒的な個の武勇、そして対極にありながら完璧に噛み合った二つの軍勢による蹂躙。
士気が低かった魔族軍は、その暴力的なまでの「光」の前に、わずか半刻も持たずして背を向けた。かつての誇り高きアンクールの平原は、敗走する魔族の死骸と、支配から解かれ、泥にまみれて啜り泣く人間たちの声に包まれていく。
だが、逃げ惑う魔族の背中を見つめるシーザーの瞳に、勝利の喜びは宿っていなかった。
彼は剣に付着した見えざる汚れを拭い、不吉な黒雲が渦巻く空を睨む。
「……あまりに、あっけなさすぎる」
その呟きは、勝利の余韻をかき消すほどの重い予感を孕んでいた。それは、これから始まる真の地獄への、幕間に過ぎないのだ。




