第九話:双翼の軍勢、出撃の刻 (改稿)
第九話:双翼の軍勢、出撃の刻
アンクール王国の命運を懸けた反撃の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
平原の端に陣を敷くのは、アレクサンダーに与えられた「聖戦士団」。
名は輝かしいが、その実態は正規軍から爪弾きにされた不逞の輩、あるいは金で命を売買する手練れの冒険者たち――規律という言葉を辞書に持たぬ、野良犬の寄せ集めであった。
不浄な安酒の臭いと低俗な罵声が飛び交う陣中。
兵たちは研ぎ澄まされた刃を弄び、これから始まる殺戮を前に、獣のような熱を帯びていた。
そこへ、喧騒を裂いて鼓膜を揺らす豪快な笑い声が響き渡る。
「坊主、いや……今は団長殿とお呼びすべきかな?」
振り返ったアレクサンダーの視界に、かつて自身に戦いの基礎を叩き込んだ老練なる戦士、ハボンの姿が映った。
ハボンは、アレクサンダーの養父の懐刀として仕えていた男。
今は白髪混じりの髭を蓄えているが、その眼光は未だ衰えず、全身から百戦錬磨の死臭が漂っている。
「ハボン! なぜあんたがここに……」
「お前の副官を仰せつかったのさ。この野良犬どもを、なんとか前を向かせて並べさせたのは俺だ。戦場の泥水を啜り抜き、地獄の縁を歩いてきた連中だが、死なせ方と殺し方だけは叩き込んである。存分に使い潰してくれや、団長」
老将ハボンの存在こそが、欲望だけで動くこの獣たちを一振りの「牙」へと変える唯一の楔であった。
アレクサンダーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、背負った漆黒のグレートソードの柄を強く握りしめた。
一方で、平原の中央に完璧なる陣形を構築しているのは、シーザー率いる「聖騎士団」である。
朝日を反射して眼を焼く白銀の甲冑、風に美しく翻る統一された紋章旗、そして一分の乱れもない行軍の足音。彼らは聖女ミリアムの直衛を兼ねる、王国の矜持そのものであった。
装備の質、兵の練度。
そのすべてにおいて、シーザーの騎士団はアレクサンダーの軍勢を圧倒している。整然と並ぶ長槍の列は、さながら鋼の森。
だが、その完璧な美しさを遠目に見たハボンは、アレクサンダーの耳元で低く、皮肉を込めて囁いた。
「見ろよ、あの綺麗な連中を。型稽古や騎士道物語なら強いだろうが、土壇場の泥臭い殺し合いなら俺たちの勝ちだ」
対照的な二つの軍勢――破壊を本能とする「動」のアレクサンダーと、秩序を絶対とする「静」のシーザー。
その中央に、戦装束を纏ったミリアムが凛として立つ。
彼女は戦場を静かに見渡し、一瞬だけ二人の若き指導者に視線を送った。
言葉はなくとも、その透徹な瞳には、互いの「影」と「光」が未来を拓くことを願う祈りが宿っている。
ミリアムが断固たる意志を込め、深く頷いた。
その瞬間、シーザーが名剣を天高く突き上げる。
「全軍、抜剣! 我らが光を、絶望の闇に叩き込め! 公義は我らにあり!」
「出撃ッ!! 行くぞ野郎ども、地獄の門まで追い回せ!」
シーザーの厳粛な号令と、アレクサンダーの野卑な咆哮が混ざり合い、アンクールの平原を震わせる。
激突、鉄と血の狂詩曲
進撃の太鼓が打ち鳴らされ、両軍は怒涛となって魔族の先遣隊へと衝突した。
先陣を切ったのはアレクサンダーだ。
彼は馬を駆ることもせず、己の足で大地を爆ぜさせ、黒い突風となって敵陣へ突っ込む。
「邪魔だッ!」
横一閃。
グレートソードが風を断ち、先頭のオーク数体を使えなくなった肉塊へと変える。
続く傭兵団も、ハボンの指揮下で「効率的な殺戮」を開始した。
盾の隙間を狙い、転んだ敵の首を躊躇なく刈り取る。それは戦いというより、凄惨な解体作業であった。
対照的に、シーザーの騎士団は美しい幾何学模様を描きながら進む。
「第一班、突け! 第二班、回れ!」
シーザーの指示は冷徹なまでに正確だ。
白銀の馬列が魔王族の防衛線を鋭く切り裂き、聖なる力を付与された槍が、闇の生物を浄化の炎で焼き払う。
シーザー自身も、返り血一滴浴びることなく、計算し尽くされた刺突で敵の将を一撃のもとに沈めていく。
聖騎士団の重厚な圧殺と、傭兵団の変幻自在な蹂躙。
双翼の軍勢が巻き起こす破壊の渦は、アンクールの平原を埋め尽くした闇を、確実に、そして無慈悲に押し返していった。




