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【忍ぶることの】

自室の戸を後ろ手に閉じ、ゆるゆるとその場にしゃがみこんだ柊月は、脳内で先程の琳秋の言葉をひたすら繰り返していた。

「(あれはつまり、そういうことか?)」

花を送るということが何を意味するのか、あの説明で琳秋に伝わらなかったのだろうか?いや、そこまで馬鹿では無いだろう。

「いやしかし、まさかな…」

あの場から逃げ去ってしまったがために、柊月の心のうちに渦巻くモヤは晴れる術がない。ひとりで考え込んでいても埒が明かないと理解してはいるものの、考えずにはいられなかった。

「若様、今少々よろしいでしょうか?お父上からの言伝を預かってまいりました。」

戸の向こうで太い男の声が柊月を呼んだ。その声に、琳秋でなくてよかった、と胸を撫で下ろすと「入れ。」と短く返す。

柊月より一回りほど年上の家来が戸を開けると、一礼してから部屋の敷居をまたいだ。



琳秋たちは刀を下げ、街で起きた騒動の火消へと駆り出されていた。盗賊がひと暴れしているらしく、街の皆は琳秋たちが到着するのを今か今かと待ちわびていた。

琳秋と共に向かうのは、二人の武士たちである。その二人共は琳秋より一回り以上年上で、片方は琳秋がここへ来た日に案内して回ってくれた若様の元近習だ。今ではその役回りは琳秋のものになっているが、この男は特にそれについて不満を抱くこともなく琳秋にとても良くしてくれていた。


盗賊が暴れているという現場に着くと、盗賊たちは精々十人程度の集まりで、金物屋の品を盗もうと店の者たちを脅し刀を振り回しているようだった。

「(なんともくだらないな。)」

そんな盗賊たちに琳秋は冷ややかな目線を向ける。その目はまるでゴミでも見るような、お前たちは底辺であると蔑むような冷酷さで、普段のキラキラと輝く瞳からは想像もできなかった。

琳秋は、店の者に刀を突き立てる盗賊の元へトンっと駆け寄ると、一瞬にしてその盗賊の手から刀をはじき飛ばしてしまった。盗賊は何が起きたかわからぬ様子で己の手元を見て瞬きを繰り返している。その様子には目もくれず、琳秋は次々と盗賊に刀を向けるとあっという間に盗賊たちを動けぬ状態にしてしまった。

「見事なものだな。」

「全くだ。」

ハハッと笑いながら、共に来ていた二人の武士が床に伏せた盗賊たちを縛り上げていく。皆気を失ってはいるものの、血が流れるものはいなかった。


仕事を終えて三名は帰路に着く。そこで同行していたうちの一人が、そういえば、と口を開いた。

「琳秋、お前は今日こちらへ来て夕餉にするだろう?」

琳秋はその言葉に、ポカンと口を開けた。

「もしかして、今日は若様が遅くまでお戻りにならないことを知らぬのか?」

琳秋の眉が微かに寄せられる。

「聞いておりませんが…」

それを聞いた二人は、そんな事があるのかと驚いた様子で顔を見合せた。しかし琳秋にはそうされる心当たりがあった。庭で和歌についての話をしたあの日以来、柊月は琳秋にあからさまによそよそしいのだ。食事は共にしているものの、今までに比べて明らかに口数が少ない。それどころか日々目が合う回数もほぼゼロに等しいところまで減っていた。

「若様は今日、六条殿の姫君とお見合いだそうだ。夕餉はそちらで取られるから、お戻りは夕餉後になるだろうな。」

琳秋は、心臓が一度止まったかのようにひんやりとしてくるのがわかった。六条といえば、貴族のそこそこ名門である。若様の母上はもともと六条の貴族の出なので、そこの姫君とお見合いというのは考えてみれば当たり前だろう。琳秋はふと思う。お見合いが決まってからこの琳秋と顔を合わせるのは、さぞ居心地が悪かったであろうと。己の一時の思いで若様に不快な思いをさせてしまった。もしあの時あんなことを口走っていなければ、若様は歳が近く気の合う友人である己に相談したいことの一つや二つもあったかもしれぬと言うのに。

「(若様の気の許せる友人を奪ってしまったか。)」

この時になって、初めて琳秋はあの日のことを後悔した。今からどうにかなるのか分からないが、お戻りになられたら六条とお見合いが出来るなんてさすが若様は素晴らしいと褒め讃えよう。それでせめて、あの時のあの言葉は言葉のあやであったと伝えよう。

そして己の気持ちには蓋をしよう。


そうしてひたすら己の心に鞭を打ち続けている間に、気がつくと屋敷に戻り夕餉も食べ終え、若様が戻られる頃になっていた。久方ぶりに、琳秋は夕餉の味も何を食べたかも、それどころか完食したのかさえも記憶になかった。


「若様、おかえりなさいませ。」

羽織を受け取ろうとする琳秋へ、柊月は黙って羽織を渡す。

「本日はいかがでしたか?六条殿の姫君は、とても麗しく気だても良いと皆が口を揃えて申しておりました。若様と並ばれれば、さぞ絵になるのでしょうね。」

琳秋は手を動かしながら話すので、柊月からその表情はいまいち読み取れなかった。

「若様でしたら六条殿も姫君も是非にと仰ることでしょう。」

こちらには目も向けずに話し続ける琳秋に苛立ちを感じた柊月が、グイッと琳秋の襟元を引き寄せて強引に視線を己へと向けさせる。

「お前はこの私が好きなのではないのか?」

柊月の瞳はしっかりと琳秋の瞳を捉えており、眉間には微かにシワが寄せられていた。琳秋は何故そのようなことを言われているのかも、柊月の瞳に怒りが滲んでいるのかもわからず、ただ喉仏を一度上下させるしかできなかった。はぁ、と柊月はため息を漏らすと、琳秋の襟元をパッと離して背を向ける。

「私の勘違いであるか?」

柊月の問いに琳秋は、先程まで己がそれについてはそういった意味ではなかったと嘘の弁明をしようと覚悟を決めていたことなどすっかり忘れ、むしろ図々しくも期待までしていた。

「勘違いで無いとしたら、若様は私の気持ちに答えてくださるのですか。」

琳秋の声はこの部屋が静寂に包まれていなければいとも簡単にかき消されてしまっただろう。こんなに小さな声も出るのか、と柊月は関心すらした。

「六条殿と父上には申し訳ないが、断ってきた。」

振り返った柊月の瞳はいつもと変わらず凛としており、琳秋はこの時ばかりは見つめ返せずに手元の羽織へと視線を落としてしまう。

「普段の勢いはどうした?」

と柊月が笑う。その声に再び視線を上げた琳秋は、

「(あぁ、こんなにも美しい景色があるのか。)」

と、この二年間幾度となく目にしてきた世界一美しい景色をまたひとつ塗り替えた。

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