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【思へども】

時は少し遡り、2週間前。


「同行はそなたに頼めるか?」

「私は構いませんが、琳秋でなくてよいのですか?」

「数日前から盗賊による被害が出ているであろう。琳秋はそちらに備えるべきだ。」

柊月はまるで街の者たちを思ってのことかのように話すが、お見合いへの同行をされるのは少々気が進まないだけであった。まさか当日、本当に騒動によって琳秋が駆り出されるなど知る由もない。

「それもそうですね。では当日は私が同行させていただきます。」

父上からの言伝を伝え終えた家来は、一礼して部屋を後にした。柊月は庭の池へと目を向ける。そこでは今も尚、焦げ茶色の髪をなびかせながら琳秋が佇んでいた。

「いつまでああしているつもりなのだ…?」

その背中は普段より一回り小さく見え、少々可哀想に思えてくる。しかし、立ち尽くしながら弁明の策を講じているのか、それともただ後悔しているのか、どちらにせよ荒れているであろう琳秋の心の内を想像すると、少しおかしく思えてつい笑いそうになってしまう。

ところが柊月もそう呑気に構えてはいられない。好きだと言われたのなら無視して流し続けるのは人として良くないだろう。


琳秋と柊月はこの二年間、ほとんどの時間を共に過ごしてきた。生まれてこの方、柊月はなかなか他人と上手くやれた試しがなかった。柊月の口数の少なさに、関わる者は皆圧を感じ距離を置いてしまう。家来たちも同様に、親切ではあるが彼らとの会話は雑談というより連絡だった。しかし琳秋という少年だけは、たとえ柊月が「あぁ。」だの「そうか。」だの3文字以内でしか返答をしなかったとしても、その何倍もの言葉で語りかけるのだった。それを柊月自身も鬱陶しいと感じたことはなく、むしろ此奴と居ると退屈しないなと自ら進んでそばに置いた。

だが、柊月はそこでふと疑問に思う。

「(こんなにつまらない男のどこがいいのだ…?)」

面白い話もできない、場を盛り上げることのない己が、何故あんなに皆に愛される男に好かれているのか全く検討もつかなかった。さらに柊月は思う。

「(もし仮に、りんの想いには応えられないと告げ、六条殿の姫君と婚約したら、りんはもう傍にはいてくれないのだろうか。)」

池のほとりにしゃがみこみ鯉を眺める琳秋の頭を、通りかかった三名の家来のうち一名がコツンと小突く。ほか二名も笑いながら琳秋を立たせると、和気あいあいとしながら琳秋を連れて去っていった。

「(りんには、私のそば以外にも居場所があるのだな。)」

当然はなからわかっていたことである。にも関わらず、柊月の胸はズキンと痛んで暗く重くなる。あぁそうか、と柊月はそこで初めて己の感情の正体を知る。

そもそも、ただ池のほとりに立ち尽くす琳秋を飽きもせずに見つめ続けていたのは柊月ではないか。


「「春霞がたなびく山の桜をいくら見ても飽きないように、何度逢っても飽きることのない、愛しいあなたである、と。」」


先程の己の言葉が脳内で再生される。もしやこの詩を詠ったものの想いは、己が一番理解できてしまうのではないか?

はぁ…とため息を着いた柊月は、途端に顔に熱が集まるのを感じた。これからどのように琳秋と顔を合わせれば良いのか。そもそも、この返事はいつすれば良いのか。柊月の脳内は終わりの無い迷路のようにめちゃくちゃになってしまい、琳秋とまともに話もできぬ内にお見合いの日が来てしまった。

相手の姫君はとても可愛らしく素敵な女性であった。にこにこと愛らしく、無表情な己にも笑いかけてくれる。しかし柊月は、琳秋のあの焦げ茶色の瞳がキラキラ輝くのを見ている方がずっと心が満たされると感じてしまう。そんな己が少し恥ずかしくも感じた。

後に父上に婚約はしないと告げた際、父上は以外にも「お前が思うようにしなさい。」と呆気なく柊月の意見を通してくれた。最悪の場合、強制的に婚約させられるか?とも考えていた柊月は柄にもなく黙って瞬きを数回繰り返した。

少々浮かれながら屋敷に戻ると、出迎える琳秋の姿が目に入る。己の心の内を自覚した日からというもの、柊月は琳秋と以前のようにしっかり目を合わせることすら出来ずにいた。部屋へと歩く道すがら、柊月は今日こそは、と腹を括った。そんな柊月の浮かれた心は、琳秋によって突如打ち砕かれることとなる。

「本日はいかがでしたか?六条殿の姫君は、とても麗しく気だても良いと皆が口を揃えて申しておりました。若様と並ばれれば、さぞ絵になるのでしょうね。

若様でしたら六条殿も姫君も是非にと仰ることでしょう。」

柊月は思いもよらぬ琳秋の態度と言葉に、一瞬思考が止まってしまう。どういうつもりだ?とその姿を凝視するが、琳秋は羽織や荷物の片付けに手を取られているためその表情は伺えなかった。

「お前はこの私が好きなのではないのか?」

気づくと手も口も意に反して動き、柊月の手は琳秋の襟元を掴んでいた。柊月自身そんなことをするつもりはなく、慌ててその襟元を離すと琳秋に背を向けてしまう。

「私の勘違いであるか?」

柊月は今は少しの沈黙にも耐えられそうになく、質問を畳み掛けてしまう。少ししつこかっただろうか?と心配になり弁明の言葉を探すが、そんな心配は琳秋の微かに上擦った小さな声によりかき消される。

「勘違いで無いとしたら、若様は私の気持ちに答えてくださるのですか。」

口元がこれまた意に反して緩むのを、柊月はどう抑えれば良いのかももはや分からない。おそらく緊張でいつもの数倍も小声で話す琳秋に、柊月は愛しさが込み上げなんとしてでも安心させてやりたくなる。柊月は琳秋の方を向き直すと、

「六条殿と父上には申し訳ないが、断ってきた。」

しばらく見られずにいたその焦げ茶色を見つめながらそう告げる。だがやっと見られたその愛しい瞳は、柊月の満足のいかぬうちに伏せられてしまった。目を伏せ頬を赤く染め、戸惑いと興奮を隠しきれない様子の琳秋を前に柊月は

「普段の勢いはどうした?」

とつい笑いを零してしまう。

「(此奴はこんなに可愛らしかっただろうか?)」

きっとその心の声を口にしてやれば、目の前の可愛らしい彼はさらに可愛らしく表情をコロコロさせたであろうに、柊月はそれを口にすることはできないような男なのである。

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