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【心のうちの あらぬ思ひに】

焦げ茶色の瞳の少年は、今朝の廊下での出来事を頭の中で何度も繰り返す。あれはつまり、そういう事なんだろう。物心がついた時から10年以上も1人の相手を思い続けたのは、自分だけだったということだ。いっその事人違いであればいいのに。それならまだこの沈みきった心が少し楽になるのに。しかし他でもない、誰よりもこの少年がそんなはずはないと思っているのだ。自分が彼を他人と間違えるなんて有り得るはずがないと。

琳寧りんね!お前学食行かねぇの?」

そんなことばかりぐるぐる考えているうちに、気がついた時には昼休みで教室は自由な空気になっていた。

「なんかお前今日変じゃね…?」

自分の机の前で屈んだふたりの少年が、怪しむように顔を覗き込んでくる。

「変とか…尚輝なおきはやてには言われたくないな」

こんな小さな毒も「これはいつも通りだわ!」なんて笑い飛ばすこの2人は、琳寧の小学生時代からの友人である。高校受験の際には志望校がまさかの3人同じで、腐れ縁にも程があると笑ったが、入学してみたらクラスは3人同じ、主席番号も(近藤尚輝→篠宮琳寧→瀬野颯)と3人続いたものだから、さすがに少しゾワゾワした。

「入学したばっかだし疲れてんのかもしんねぇけど、昼飯くらい食おうぜ?」

琳寧は尚輝に腕を引かれ、強制的に席を立たされると学食に向かうため歩き出した。


この2人の友人は、琳寧の不振さを心から心配していたし、琳寧自身も心配されていることに気がついてはいた。この2人とは小学校1年生の時からの付き合いだが、琳寧はその時周りに馴染めないどころか、口も聞かない目も合わせない、常に怯えたような子供だった。そんな幼い琳寧を気にかけ、居場所となったのがこの2人の友人だったのだ。

とはいえ、6歳の琳寧が当時そんな様子だったのも、仕方がないといえば仕方がないのだ。6歳にもなれば、ある程度知能はしっかりしてくるし、世の中の普通というものも理解してくる。そんな中で自分が普通じゃないと気がついたら、6歳の小さな子供には周りと関わるのも怖いと感じるくらいにはどうしたらいいのか分からないだろう。

大人になると゛普通゛とは人ぞれであると考える者もいるだろうが、前世の記憶があることはさすがに普通では無いだろう?




庭の池の鯉たちが自身の鮮やかな模様を見せつけるように優雅に泳ぐのを、少年は黒い髪をなびかせながら眺めていた。剣の修練がひと段落付き、休んでいた所へ体格の良い男が近づくと「若様」と声をかけた。

「新しい家来が入りましたゆえ、ご挨拶をと思いまして。今よろしいでしょうか?」

黒髪の少年は身体を体格の良い男とその横にいる若い男に向け、「あぁ。」と一声返事をした。

若い男は1歩前に出ると深く頭を下げた。

琳秋りんしゅうと申します。」

顔を上げた若い男と黒髪の少年の視線がしっかりとぶつかり合う。

黒髪の少年は、そこで初めてその若い男を視界の中心に置いた。

「(同い年か…または年下だろうか?)」

「この琳秋は、若様の2つ年下です。ここでは若様と1番歳の近い者になりますので、若様のそばに使えることになるかと。」

体格のいい男はにこやかに琳秋の肩をぽんと叩いた。

「あぁ。」

黒髪の少年はまた一言返事を返すと、その視線は池の鯉たちに戻される。

それでも尚、琳秋の視線は風に揺れる黒髪と、それが引き立てる美しい横顔から逸らせずにいた。




お察しの通り、この()()こそ、琳寧の前世である。平安時代、琳秋は武家の家来となり、若君の美しさに目を奪われ、心も奪われた。

そんな記憶を持ちながら、琳寧は今学食でうどんを啜っている。この学校の学食は何を頼んでも美味しいと生徒から人気で、毎日席が埋まるほどだった。

柊真とうまくん!ここ空くから使って!」

スカートをギリギリまで短くして、校則違反のメイクをしたキラキラの女の子数名が、キャッキャしながら席を立った。周りの男子たちは、ついその揺れるスカートと可愛い女の子たちに目が行ってしまう。傍から見れば、琳寧も周りと同じようにその女子たちを見る男子だっただろう。しかし琳寧の目には女子たちなんて全く映っていなかった。その視線の先ではただ1人、黒髪で半分ほど隠れた彫刻のような横顔が、女子たちには目もくれずにメニューを見つめていた。

「(あの時も、まるで自分には全く興味がないようなお顔をされていたな。)」

()()と呼ばれた少年は、席を開けた女子たちに礼のひとつも言わずに食券を買いに行ってしまう。少年と一緒にいた男子が女子たちをフォローしてその後に続いた。食券機の前で2人の男子が笑いながら話しているありふれた光景も、琳寧にとっては拷問のように感じられた。

「(どうして隣にいるのが自分ではないのだろう。どうして俺は忘れ去られているのに、あいつは若様と笑顔で話せるんだ。)」

「おい、あの先輩と知り合い?」

あまりにも見つめ続けるものだから、尚輝も颯も不審がっていた。

「いや…知り合いってわけでは…」

琳寧もこの質問にはどう返していいか悩んでしまう。

「あの人、佐伯柊真先輩だろ?3年の。」

颯が声を潜めながら言ったにもかかわらず、「知ってるのか?!」と琳寧が大きな声を出したせいで周りの生徒たちがチラチラと3人を見ていた。颯は琳寧に声を落とせと伝えるための咳払いをひとつしてから、

「知ってるも何も、この高校でいちばん有名なんじゃないか?女子がキャーキャー騒いでたし。」

その言葉に尚輝も深く頷く。琳寧たち1年生は、まだ入学してから1ヶ月程度しか経っていない。それなのに女子に騒がれ自分以外の男たちも知っているなんて。もはや琳寧は逆になぜ自分が知らないのかと疑問を抱くレベルだ。

「まあ琳寧は俺たちとしかまともに話してないだろ?知らなくても無理ないんじゃねぇ?」

尚輝が琳寧の心のうちを読み取ったかのように言ったが、琳寧には届いていなかった。

「(誰より会いたかったのは俺なのに。)」

自分以外の皆が彼のことを知っていた。自分は今朝やっとその姿を目にしたと言うのに。おまけに気味悪がられ拒絶されたのだ。琳寧は今日で一生分の心の傷を負ったような気分だった。


食堂はよくある長机に椅子が並んでいるスタイルで、琳寧たちは一方に尚輝と颯、その向かいに琳寧が座っていた。琳寧たちの横にいた女子ふたり組が食事を終えて席を立つ。

「柊真、あそこ端が空いたけどあっちにする?」

先程女子たちがキャッキャしながら譲った席は食堂のほぼど真ん中だったのに対して、柊真の隣の男子が指さした席は食堂の四隅の一角だった。

「あぁ。」

一言だけ返事をした柊真が、机にカタンと定食の乗ったおぼんを下ろす。つられてその席の隣にいた少年の焦げ茶色の瞳が柊真を捉えた。柊真の視線も自然とその瞳に向けられ、2人の視線がぶつかった。

そう、その席は琳寧たちの隣だったのだ。

「隣失礼するね。」

ニコニコ柔らかく話す先程まで柊真の隣にいた男子が、颯の隣の席におぼんを置いた。

颯も尚輝も、ついさっきまで自分たちが噂していた話題の人が突然目の前に現れてドギマギしている。

「柊真?座らないの?」

柊真は琳寧を見るなり、ほんの少し眉間に皺を寄せたまま固まっていた。琳寧は目をまん丸にして、柊真から目を離せずにいる。

「……チッ…」

小さく舌打ちをして、柊真が椅子を引く。

「あっ、あの…!俺、篠宮琳寧って言います!」

味噌汁に手をつけていた柊真が危うく大惨事になりかけるのを見ても、琳寧は口を閉じなかった。

「若さ…えと、柊真先輩。俺のことを覚えてください。」

忘れられたのなら、もう一度覚えてもらえばいい。自分は覚えているのだ。あの頃の若様の優しさも、強さも、美しさも。

好きなのだ。まだこんなにもこの人のことが好きで好きで仕方がないのだ。諦めて遠くから眺めてるだけだなんてできるわけが無い。

「お前…なんなんだよ…」

柊真は琳寧をきつく睨むと、

「俺はお前みたいな馴れ馴れしい奴がいちばん嫌いだ。」

と冷たく言い放つ。柊真が敵意を持っている時に無理に近づこうとすると逆効果になることを琳寧は誰よりも理解していた。

「すみませんでした。また伺います。」

それだけ言うと琳寧はサッと自分のおぼんをさげて食堂を出ていく。尚輝と颯がわけがわからない様子で慌てて後ろを追いかけてきた。

「二度と来るな。」

小さく吐き出された柊真の声は、無論琳寧には届かない。

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