【忘れずは】
「若様…?」
窓の向こうで照りつく太陽は、振り返る少年の真っ黒な髪に輪を落とす。同じく黒く凛とした瞳が、声を発した少年の姿を映した。まるで奇跡でも起きたかのような表情で黒髪の少年のことを見つめている焦げ茶色の瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど揺れていた。その涙がこぼれぬようにグッと堪えた様子で1歩ずつゆっくりと前に踏み出し、少年は震える唇を開いた。
「若様…若様ですね…?まさか、こんな場所でお会いできるとは思わず…なんと申し上げたらよいのか」
震えるのは唇のみにとどまらず、黒髪に触れようと伸ばした右手も微かに震えていた。
しかしその手は願いを叶える前に宙をふらりと舞って、持ち主の横にだらんと垂れた。
「気味悪い…」
黒髪の少年は焦げ茶色の瞳の少年が必死に伸ばした右手を、パシッと虫でも払うかのように叩いたのだ。
ついさきほどまでキラキラゆらゆら輝いていた焦げ茶色の瞳は、その言葉に一瞬動揺の色を見せたかと思うと途端に全ての色を失い、生きているのか死んでいるのかも分からないような、底なしの闇のような惨状に成り果ててしまった。
そんな事はお構い無しに、黒い髪をふわりと揺らして黒髪の少年は元々向いていた方向を向くとさっさと歩いていってしまう。
______キーンコーンカーンコーン__________
予鈴のチャイムが鳴り響く。
「(あぁ、教室に行かないと…)」
入学してまだ間もないのに、遅刻なんてこの先の学校生活に支障をきたしかねない。
教室へ向かうその足は、まるで自分のものではないのかと思うほどにふわふわとして血の巡りを感じなかった。




