番外編2 天ヶ瀬邸のクリスマスパーティー 前編
注:今回、前後編に分けてありますが、どちらもとても長いのでお時間のある時にでもどうぞ。
LOOP:×××
Round/All I Want for Christmas is You!
学園からの送迎車を降りて、目の前にそびえ立つ豪邸を見上げる。
相変わらず凄いデカさだ。
ここは天ヶ崎邸、そして今日はクリスマス・イブ。
つまり、本日は光輝学園理事長主催のクリスマスパーティーが開かれるってわけだ。
去年は薫と一緒に来たんだよな。
とんでもなく可愛く着飾った薫はまさにパーティーの華だった。
でも今年のパーティーにその姿はない。
皆は多少物足りなく感じるだろう。
だが、俺は。
―――いつになくワクワクしている!
理由は今朝、理央から届いたメッセージだ。
『パーティーの後、少し時間を取れるだろうか?』
なんて訊かれて思いがけずドキドキ! そして今はソワソワ! 一体何があるんだろう?
今年は理央と恋人になって迎える初めてのクリスマスだからな。
当然、パーティーで参加者が持ち寄ったプレゼントをシャッフルして行われる交換会用とは別に、理央への特別なプレゼントを用意している。
そのためにこっそりバイトまでして金を貯めたんだ。
母さんに頼み込んで紹介してもらった短期のスタッフバイト、時給に色付けてもらったけど、かなりハードめの肉体労働できつかったよな。
理央には内緒だったから、そこはかとなく勘繰られたし、あらぬ疑いを掛けられそうにもなった。
だが努力の甲斐はあったと思う!
「相変わらず凄いお屋敷だねぇ」
ふと俺の隣に誰か立って呟いた。
おっ虹川! 温かそうなハイネックのワンピース姿だ、可愛いなあ。
「いかにも金持ちって感じだよなあ、私ら庶民とは格が違うよ」
「そ、そうだね」
清野に愛原、二人も普段以上にオシャレしているな。
プリーツのスカートを穿いた清野はブラウスの首元にリボンタイをつけて、可愛いながらもアクティブな印象だ。
愛原は柔らかそうなニット、フワフワして手触りもよさそうで、淡い色味がよく似合っている。
「健太郎君、今日はなんだか大人っぽいね」
「おっ、そうだそうだ! なにさ、スーツなんか着ちゃって」
「でも、去年もそういう格好してたよね」
三人から色々言われている俺は、パーティーってことで一応正装だ。
カジュアルめだけどな。
去年もこの格好で、ドレスを着た薫をエスコートした。
今年はタイの色だけ変えている、全部去年と一緒じゃちょっと格好悪いだろ?
「そっか、去年はカオルンがいたから、ドレス可愛かったよね」
「確かにそうだ、でも今年はいないんだし、もっとラフな格好でよかったんじゃないの?」
そうはいかない。
今年は別の理由でビシッと決める必要がある。
「まあまあ、ここで喋っていても寒いだろ、早く中に入ろうぜ」
「そうだね」
「賛成!」
「うん」
早速皆で天ヶ瀬邸の玄関へ向かう。
ここも広いしデカいよな、開けっ放しになっているドアの内側に立っていた屋敷の人から名前とクラスを聞かれて、リストの照合が済み、邸内へ案内される。
うわー眩しい。
ドラマや映画でしか見ないような光景が広がっている。
高い天井にはシャンデリア、向かいの壁はガラスになっていてライトアップされた中庭が一望できる。
手入れの行き届いた庭はあちこちに赤や白の椿が咲いて綺麗だ。
入口のフロアからその庭を囲むように両サイドへ通路が伸びていて、進んだ先にある広間にパーティー会場が用意されている。
「あっ、ケン!」
パーティー会場へ入った直後、声を掛けてきたのは朝稲だ。
おお、サンタ風のドレス! さすがはモデル、よく似合っているし可愛い! オシャレだな。
「メリークリスマス! なにさ、今日ちょっとイケてるじゃない?」
「俺はいつもイケてるだろ」
「アッハハ! はいはい、そういうことにしておいてあげる」
「健太郎!」と続いて杉本が現れた。
個性的なデザインのワンピース、なかなか人を選びそうだがバッチリ着こなしている、流石だな。
まあ杉本が美人だっていうのもポイントだろう。
「メリー・クリスマス! わお! セ・トレ・シック! よく似合ってるじゃない!」
「杉本さんもクールだな」
「ウフフ! メルシーボクー!」
「ちょっとケン、アタシは?」
「すっげえ可愛い」
フフン、と朝稲は得意げだ。
不意にグイッと袖を引かれて、振り返ると頬を膨らませた清野の後ろに、虹川と愛原まで不満げな様子で俺を見上げている。
「健太郎、私は?」
「えっ、可愛いぞ、スカートがよく似合ってるじゃないか」
「あのっ、私はどうかな、健太郎君」
「虹川も可愛い、ハイネックで温かそうなワンピースだな」
「わ、私は、どうかな、健太郎君?」
「愛原も可愛いよ、フワフワして柔らかそうで、その色も似合ってる」
三人とも納得したらしい様子でニッコリ笑う。
不意に杉本が笑って「健太郎、相変わらずアン・セデュクトゥールねえ」なんて言われた。どういう意味だ?
「健太郎君」
お、今度は霜月か。
フリルたっぷりなお嬢様風ワンピース姿だ、またもや可愛い。
「こんばんは、皆さんも集まって、なんだか賑やかね」
「まあね、霜月さんも今日は一段と可愛いな」
「そう? 恥ずかしいわ」
ここまでで一番奥ゆかしい反応。
そういうところも霜月の魅力だよなあ。
「健太郎さん」
星野だ。
おお、ドレス!
正統派だなあ、流石は星野家ご令嬢。
「ごきげんよう、皆さんも、メリークリスマス」
「ほしっちドレスじゃん! 超似合ってる!」
「ウフフ、トモさんもお似合いですよ」
「まあね」
この二人は園芸部の仲だ。
俺も混ぜて欲しい。
「星野さん、そのドレス似合ってるよ、綺麗だ」
「まあ、いけませんよ健太郎さん、そのように軽率に他の方を褒められては」
え?
―――もしや、そういう意味か?
思いがけずたじろぐと、星野はクスクス笑う。
不意に室内が暗くなり、会場奥に設けられた壇上にパッとライトが当たった。
そこへ現れたのは、理央!
「皆さん、本日は当家のクリスマスパーティーへようこそ」
開会の挨拶をする理央は、落ち着いた色味で光沢のあるカジュアルなスーツを着こなしている。
スラッとした立ち姿が本当に絵になる。
男の俺でも惚れ惚れするような格好良さだ。
あの理央がまさか女の子だなんて、ここにいる誰も思わないよなあ。
理央の挨拶が終わると、会場内に料理が運ばれてきた。
ビュッフェ形式の立食だが、壁際には椅子やソファが用意されていて座って食べることもできる。
「うわぁ、来た来た、待ってました!」
「もう、リンったら! お行儀悪いよ!」
「あ、待って!」
まっしぐらに走っていく清野を追って、虹川と愛原も料理が置かれたテーブルへ向かう。
「じゃあ、アタシもちょっと食べてくるね、さーてお寿司、お寿司~♪」
「フフ、私もいただいてくるわ、健太郎、ア・プリュ」
「それじゃ私も、健太郎君、また後で」
朝稲と杉本、霜月も料理を取りに行く。
俺は理央の弁当で天ヶ瀬邸のシェフの腕前にしょっちゅう舌鼓を打っているが、皆はこの機会でしか食べられないもんな。
気持ちは分かる、匂いからしてそそられる、俺も食べに行くか。
「健太郎」
不意に呼ばれてハッと振り返った。
理央!
歩いてくる姿をしっかり三度は見返す。
綺麗だ、それにやっぱり可愛い、加えて今日は格好良くてトリプルパンチ! ん~ッ、マーベラスッ!
「やあ、メリークリスマス」
「おう! メリークリスマス!」
「ウフフ、理央さん、メリークリスマス」
そうだ、星野はまだ残っていたんだ。
理央は星野にも「メリークリスマス」と答えてニッコリ笑う。
「光、ドレスだね、よく似合っているよ」
「まあ、恐れ入ります」
「健太郎はスーツか、そのタイ、去年と違う色だね」
「えっ」
気付いたのか?
誰からも指摘されなかったのに。
「あらあら」
星野がクスクス笑う。
「理央さん、よく覚えていらっしゃいますね」
「え? ああいや、たまたまさ」
「仲がよろしいこと、それでは、私は失礼させていただきます」
「光」
「お幸せに」
しずしずとお辞儀をして、去っていく星野を見送る理央の頬がうっすら赤く染まっている。
俺も少し照れ臭い。
そんなことまで覚えているなんて、理央はいつから俺を見ていてくれたんだろう。
「その、健太郎」
「えっ、な、なに?」
「君、去年もそのスーツを着ていただろう?」
「おう」
「似合って、いるから、その、記憶に残っていただけで、特に他意はないよ」
「そ、そうか」
「うん」
なんだか甘酸っぱい雰囲気になってしまった。
ちょっとキスしたいが、流石に人目が多過ぎる。
「あ、なあ理央、今日の交換会用のプレゼントって、何を用意したんだ?」
「え? ああ、それなりのものを」
「それなりって何だよ」
「プレゼントの中身を話すのはルール違反だよ」
「ちぇッ、じゃあせめて包み紙の色と形状だけでも教えてくれ」
「それを知ったところで、プレゼントはシャッフルされた後、割り振られた番号順にランダムに渡される、狙っても無意味さ」
知ってるよ。
だけど、理央のプレゼントが俺以外の誰かの手に渡ったって気付くのも複雑だよな。
まあ分かれば交換を頼むなり買い取るなり出来るかもしれないが、そもそも交渉に応じてもらえない可能性もある。
やっぱり知らない方が身のためか。
「はあ、残念」
まあパーティーでのプレゼント交換は俺にとって本番じゃない。
致し方ないし、諦めるか。
「そう気を落とすな、確率はゼロじゃないんだ、日頃の行い次第ではいいこともあるだろう」
理央が慰めてくれる。
「だとしたら理央のプレゼントは絶対俺のところに来るな」
「君は相変わらず厚かましいね」
「いいだろ、希望を捨てたくないんだよ」
不意に向こうから五月女を筆頭に、クラスの男どもがぞろぞろとやってきた。
うげ、野郎はお断りだ、あっち行け、シッシッ!
「おーい、ケ~ンッ」
「また天ヶ瀬と一緒かよ、お熱いねえお二人さん」
「メリークリスマース! ところで虹川さんと清野さん、愛原さんはどこだ?」
あー鬱陶しい、俺は理央と二人きりでいたいのに。
けれど理央の方にも「理央様~ッ」と女の子が寄ってくる。ファンクラブの子達だ。
「健太郎、すまないが少し行ってくるよ、交換会とは別に、ファンクラブでもプレゼント交換をやるんだ」
「へえーっ」
「ごめんなさい大磯先輩、理央様はすぐお返ししますので」
「大磯君ゴメンね、それじゃ理央様、行きましょう」
「ああ」
俺まで気遣ってくれる、ファンクラブの子は皆いい子達だなあ。
それに比べて俺のクラスの野郎どもときたら。
「ケン、あれ食ったか? ターキー! すっげえ美味かったぞ!」
「おい大磯、朝稲さん紹介しろって何度も言ってるだろ、今日イブだぞ? 頼むよマジでさ」
「さっきうちの美少女達に囲まれてただろ、お前には天ヶ瀬がいるんだから、欲張ってんじゃねーよ」
「な、なあ、今日の星野さん可愛かったよなあ、健太郎、アドレスとか知ってるだろ? 教えてくれよ」
こんなのばっかりだ、ええい、散れ! 散れ!
女の子へのアプローチくらい自力でどうにかしろ!
あと五月女は食い過ぎだ、腹壊しても知らないからな。
なんやかんやと騒いでいるうちに、プレゼント交換会が始まった。
向こうで料理や友達とのお喋りを楽しんでいた皆も、それぞれプレゼントを受け取っている。
「わあ、可愛い! ねえ健太郎君見て、パンダのぬいぐるみが当たったよ!」
おお、よかったな虹川。
「うわっなにこれ!? 袋売りのクッキーじゃん、もっといいの出せよな!」
清野が当てたのはお菓子か。
スーパーで三百円くらいで売ってるヤツだ、でもあれ美味いよな。
「うえーっ、手鏡ってマジ? もう十個くらい持ってるっつーの」
朝稲はお洒落だもんな。
しかし手鏡十個所持とは圧巻だ、俺なんか一個しか持ってないぞ。
「ワオ! このカップケーキ齧った跡があるわ、ロカンボレスク!」
うっ! とんでもない奴もいたもんだ。
杉本、まさか食べたりしないよな?
「ううっ、なんだよ哺乳瓶って、いらねえ」
五月女は意外とそういうの好きじゃないか?
愛原と霜月はどっちもいいものが当たったようで、虹川同様にホクホクしている。
星野は掌に小さなハニワを乗せて「あらまあ」なんて嬉しそうだ。
さてと、俺が貰ったプレゼントは何かな?
銀色の包装紙を開くと中から箱が出てきた。
箱の中身は、おお、艶々した質感の櫛だ! 洒落てるなあ、これは大当たりだぞ!
「やあ、健太郎」
あ、理央、戻ってきたのか。
って、その抱えている見覚えのあるクリスマスブーツは、まさか!
「理央のそれ、俺が出したヤツかも」
「おや」
「中身をちょっと入れ替えたんだ、ノンアルコールのチョコレートボンボンが入ってないか?」
「これかな?」
理央が取り出した細長い形状の箱は、まさしく俺が入れたチョコレートボンボン!
「健太郎、君が持っているのも、僕が出したプレゼントだね」
「えッ!?」
この櫛、理央が用意したプレゼントだったのか?
「べっ甲の櫛だよ、髪どおりが良くて髪に艶も出る、携帯用の袋が入っているだろう?」
「ああ、これか」
「持ち歩くにも丁度いいサイズだと思う、よければ使ってくれ」
「有難う!」
うわっ、やった! マジで神様は見ていてくれたのか!
いや、むしろ俺を何度も助けてくれた魔女のおかげかもしれない、きっとそうだ、そうに違いない!
「俺のもよければ食べてくれ、味見したけど美味かったぞ!」
「これをかい?」
「違う違う! 試食用にもう一つ買ったんだよ」
まさかプレゼントを食べるわけないだろ。
―――杉本が貰ったカップケーキを齧った誰かじゃあるまいし。
「ケーンッ」
不意に朝稲が俺の腕にガシッと腕を絡ませてくる。
「おい、健太郎」
「ケン、お前」
清野と五月女までどうした?
周りの奴らもなんだか妙な雰囲気だな。
「ズルいぞッ!」
「そーだそーだズルい!」
「アンタねえ、この期に及んで見せ付けるって、どういうつもりなのよ!」
急に騒ぎ出した皆から謎に責められる。
い、いいだろ、日頃の善行の賜物だ。
それに交換会に仕込みなんてできるわけがないし、これは偶然の産物、いや! 愛し合う俺と理央が引き寄せた運命だ!
「ちょっと天ヶ瀬! アンタそのブーツとアタシの手鏡、交換しなさいよ!」
「あっズルい! だったら私のと交換してよ!」
「オウ、そういうことなら私も天ヶ瀬君が貰ったプレゼントが欲しいわ」
「じゃんけんして決めよう、じゃんけん!」
盛り上がる三人に、理央は「すまないが、断るよ」と告げる。
なんで! なんで! と騒ぐ皆と理央の間に割って入って、落ち着いてくれと繰り返した。
はあ、交換会の結果は最高だったが、こんな騒ぎになるとは思いもよらなかった。
神様も魔女もなかなか皮肉が効いている。
どうにか諦めてくれた三人と、俺とのやり取りを苦笑交じりに眺めていた虹川、愛原、霜月は、また料理を取りに行ったり、友達と喋ったりしてパーティーを楽しんでいる。
理央は星野と話し込み、俺は五月女や他の野郎どもに絡まれて食ったり騒いだりして過ごす。
そのうち会場内に流れていた軽快なジャズが、しっとりと落ち着いた音楽に変わった。
パーティー終了の合図だ。




