表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/74

番外編1 はじまりの針音/理央視点

注意:今回はいつもより長めの話となっております。

お時間のある時に読まれることをお勧めします。

LOOP:×××

Round/Someday My Prince Will Come



お母様は言う。

『いつかあなたにも、全てを委ねていいと思える方が、きっと現れるわ』と―――


夕刻頃。

部屋で寛ぐ僕を愛らしい声が呼んだ。

現れたのはしなやかな姿の黒猫。


「やあ、おかえり」


僕の可愛いクレオパトラだ。

いつものように傍へ来るけれど、なんだか少し様子がおかしい。

光沢のある毛並みは乱れ、酷く疲れているようだ。


「どうしたんだい?」


尋ねる僕の傍らでゆったり横になり、訳を聞かせてくれる。

―――どうやらトラブルに巻き込まれたらしい。


「それは大変だったね」


美しく柔らかな体毛を撫でると、クレオパトラは目を閉じて喉を鳴らす。


「君を助けくれたその人に、お礼をしなくては」


主である僕の務めだ。

クレオパトラも鳴いて擦り寄ってくる。

君はかけがえのない友人、救ってもらった恩義は計り知れない。


「学生だったのかい?」


そう、とクレオパトラは答える。


「僕と同じ制服を着ていたのか、それなら学園の生徒だね」


頷くクレオパトラを撫でながら、誰だろうかと思いを馳せる。

父が理事をしている光輝学園は、その規模と教育水準の高さから良家の子女や優秀な生徒が多く集う。

今日は新入学生の入学式典が行われた。

僕も出席したが、もしかするとあの中の誰かかもしれない。

ノブレスオブリージュ、他者へ手を差し伸べるのは上に立つ者の務めだからね。


「だったらすぐに見つかるだろう、君の目印がついているはずだ」


正確には、クレオパトラと関わったことで、主人である僕の目印がついている。

それは目に見えるものではないが、僕には確実に分かる。


「さて、クレオパトラ」


取り敢えず今は乱れた毛並みをブラッシングして、疲れを取り、美味しいものを食べよう。

抱きあげるとクレオパトラは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす。

可愛い僕の姫君。

君を助けてくれた紳士も、きっと君の愛らしさに堪らず手を差し伸べたのだろう。


そして、翌日。


学園に登校してすぐ、それは昇降口で、私設ファンクラブの子たちに囲まれながら目当ての人物を見つけた。

僕と同じ新入学生。

隣のクラス。

背が高くて、朗らかで明るい。見過ごせない雰囲気がある。


大磯 健太郎。


―――驚いた。

何故入学式で気付かなかったのだろう、意識していなかったせいか?

彼は特殊だ。

僕と正反対の力に溢れている。

あまりに思いがけず、動揺して声を掛けそびれてしまった。


きっとクレオパトラも彼だから気を許したんだ。

身持ちの固い彼女がその手ずから水を飲み、体を摺り寄せ目印をつけた。


運命、なんてものがもしあるとすれば。

それはこの出会いかもしれない。


帰宅後、着替えもせずソファに座り込み思い耽っていると、クレオパトラが傍に来て気遣ってくれる。


「ああ、見つかったよ、でも」


なんて話しかけたらいいんだ。

上手いやり方が何も思いつかない、こんなことは初めてだ。

戸惑い、溜息を吐く。

彼はどんな人なのだろう。


―――ふと昔のことを思い出していた。

お母さまから、天ヶ瀬の後継としてお話を伺った時のことだ。

『いつか全てを委ねてもいいと思える方と出会う』

あのお言葉を、あの時の僕は、まさか、と内心軽んじていた。


だって僕は、こんななりだ。

訳を聞かされているからやむを得ないと理解はしている。

だがこんな僕を誰が見染める?

あり得ない。

いずれ成人して、天ヶ瀬の後継として相応しい相手を見繕い、婚姻を結び、家のために子を為すだけだ。

それが僕に課せられた役割。

不満などはないが、自由なんてものはとっくに諦めている。


でも、彼と出会ってしまった。

背の高い、広くて頼もしい背中、明るい笑顔、心地のいい声。


会話の切欠が欲しい。

せめて僕を知ってもらいたい、名前だけでもいい。

クレオパトラの恩人でもあるし、どうにか接点を持てないものか。


そんなことを半年ほど悶々と考えて過ごすうちに、気付けば彼の存在は僕の中で無視できないほど大きくなってしまった。

こんなはずじゃなかった。

胸に芽生えた感情の名前を僕は知らない。

夢にまで見てしまうほど強く焦がれるこの想いは、物語に描かれていたあの、恋、とかいうものなのだろうか。


―――悩み惑う日々の答えは思いがけず訪れた。

彼を見つけてしまった、あの日と同じように。


「うげっ、天ヶ瀬、お前とかよ」


学年ごとに割り振られた校内清掃は、ランダムな組み合わせで選ばれた二人一組で担当箇所を清掃する取り組みだ。

クラスの垣根を越え、親睦を深めるという目的もある。

相手が誰かは当日まで知らされず、当然僕も持ち場の校舎裏を訪れるまで知らなかった。

箒を持って現れたのは、大磯 健太郎。

こんな偶然、いや、必然か?

思いがけない采配に戸惑う僕とは裏腹に、彼はあからさまに顔を顰めて言った。


「ちぇっ、どうせなら女の子がよかった」


その言葉は少なからずショックだったが、仕方がない。

僕はこんななりだから。

彼だって当然誤解している、僕自身がそう振舞っているのだから、現実を受け入れるより他にない。


「さっさと終わらせようぜ」

「ああ」


大磯 健太郎は早速掃除に取り掛かった。

作業に取り組む姿は真面目で丁寧だ。

それに、ここには僕しかいないのに、手を抜く様子が全く見られない。


「おい天ヶ瀬、俺はこっちから掃いてくから、お前は向こうから掃いてこいよ、真ん中辺りで集めようぜ」

「承知した」


校舎裏は案外広い。

端まで行って僕も枯葉を箒で掃いていく。

割と重労働だ、日当たりが悪くて少し寒いし、掃いても掃いても終わらない。

これは、掃除時間中に片付くのか?

そう思って彼を見ると、予想外の早さで掃き進んでいる。

すごいな、手際がいい。

彼も僕に気付いて、箒を動かしながら「天ヶ瀬!」と呼び掛けてくる。


「ちんたら掃いてると終わらないぞ!」

「あ、ああ」

「ったくしょうがねえな、やれる範囲でいいから頑張れ、フォローしてやる」

「すまない」

「別にいいよ!」


彼はとても気のいい人物で、周りから慕われている。

面倒見もいい、今、僕にしてくれたようにさりげなくフォローするが、それを恩に着せることはない。

見返りを求めない奉仕の精神、上に立つ者のあるべき姿。

誰にでもできることじゃない。

人徳か、高潔だな。

しかし彼にその自覚はないのだろう。


「天ヶ瀬、ここに集めるぞ!」

「ああ」


掃き集めた枯葉の山をちり取りですくい、袋に入れる。

僕がゴミの袋を開いて持ち、大磯 健太郎がどんどん枯葉を移す。

あっという間に終わってしまった。

掃除の時間はまだ十分近く残っている。


「よし、あとはこれを捨てるだけだ」

「そうだね」


答えた拍子にくしゃみをしてしまう。

少し冷えたか、風も冷たかったからな。


「おい、天ヶ瀬」


大磯 健太郎は箒片手に、枯葉が詰まったゴミ袋を担いで「行くぞ」と歩き出した。

僕も箒とちり取りを持ってついていく。

途中で用具入れに箒とちり取りをしまい、ゴミ捨て場にゴミを捨てると、彼は僕に「ちょっと付き合え」と言ってどこかへ向かう。


一体なんだろう?

疑問に思いつつ背中を追うと、中庭の隅まで来て、そこにあるベンチに座るよう促される。

そして「待ってろ」と大磯 健太郎は駆け出し、間もなく戻ってきて僕に何かを差し出した。


「これは?」

「飲めよ、もしかしてミルクティーは苦手か?」

「いや」


自販機で売っている缶の飲料だ。

受け取った両手にジワリとぬくもりが伝わる。

彼も僕の隣に座って、自分用の缶飲料の蓋を開いてゴクリと飲む。


「お前、寒かったんだろ」

「え? ああ、うん、まあ」

「天ヶ瀬って結構真面目なんだな」

「えっ」

「さっき一生懸命掃いてただろ、お坊ちゃんは箒なんてろくに使わないだろうに」


それは、割り振られた役目だったから。

君も真面目に取り組んでいたし、手を抜く理由がなかった。

それだけのことだ。


「だからこれは、俺からのご褒美」


思いがけず大磯 健太郎はニッと歯を見せて笑う。

―――初めて笑い掛けられた。

彼が僕に笑った。


「お疲れさん」

「あ、ああ」

「報告は俺がまとめてやっておいてやる、だからお前はそれ飲んだら教室に戻ってよし」

「有難う、気を遣ってくれて」

「いいってことよ」


そう言ってまた笑い、缶飲料を飲む彼の隣で、胸に沸き起こる想いを噛みしめる。

見つけたんだ、多分。

まだ確証は持てないけれど、でも、きっとそうだ。


彼なんだ。

お母様がいつか出会うと仰っていた、その人は。


「じゃーな、天ヶ瀬」


いつの間にか飲み終えて立ち去ろうとする彼に気付き、慌てて呼び止める。


「大磯君」

「おっ?」

「僕を知っているのか」


名乗ったことはない、まともに話すことさえ今日が初めてだ。


「お前も俺を知ってるじゃないか」

「あっ」

「光栄だな、あの天ヶ瀬 理央様にお見知りおきいただけるなんて」


そう言って彼は背中を向け、片手をひらと振り去っていった。

今の言葉は皮肉だろう。

でも、多少は僕を意識していたのか。

少なくともまったく興味がないわけではないと知れた、よかった、嬉しい。


嬉しい?


そうだ、僕は嬉しいんだ。

彼が僕を知っていたことが嬉しい。

誰かをこんな風に想う日が、この僕に訪れるなんて。


「大磯 健太郎、くん」


いつか君に恩返しをしよう。

そのために僕は僕自身を捧げる。

君がこの手を取ってくれることを願って。

だからどうか、叶えて欲しい。

おこがましいかもしれないが、君を見つけてしまったから、望まずにはいられないんだ。


僕だけの時計が特別な力を帯びていく。

この針音をただ一人、君のために―――


(番外編1:了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ