めでたしと転校生 2/2
屋上に出ると、床を這うパイプを幾つか乗り越え、老朽化して使われなくなった給水塔の奥、いつもの場所に辿り着く。
俺と理央だけの秘密の空間。
だけど最近はしょっちゅう来ているから、そろそろ周りにバレそうなんだ。
別の隠れ家を探さないとなあ。
「理央、弁当広げてもいいか?」
「どうぞ」
座ってちりめんの風呂敷を解き、天ヶ瀬邸のシェフが腕を振るってくれた豪華三段重を広げる。
おお! 今日も俺の好物がぎっしり、理央の好きな魚料理もあるぞ、どれも美味そう!
「あっ、おにぎりだ!」
「うん」
理央がはにかんで頷く。
これだけは理央の手作りなんだよな、俺はこのおにぎりが一番好きだ。
「うわー美味そう、やった!」
「健太郎、実はね、今日はおにぎりだけではないよ」
「え?」
どことなく得意げな表情の理央は、別の段に収まっている胡麻和えを指す。
「これを和えたのも僕だ、刃物や火を使う調理はさせてもらえないが、用意された具材を和える程度ならと、シェフが挑戦させてくれた」
「おおっ!」
「その、味は悪くなかったよ、一応」
理央が初挑戦した和え物!
よーし! 早速いただきます!
受け取った箸で摘まんでパクッと口に入れる。
んんっ、美味い! 今まで食べた中で一番美味い胡麻和えだ!
「理央美味いよ! 最高!」
「そ、そうか、口に合って何より」
「また好物が増えたな、いっそ俺の好物は理央の手料理ってことでカテゴリー化するか」
「何を言っているんだ」
「だってこの和え物美味いよ、おにぎりもいただこう、うん、美味い!」
「まったく、君は」
嬉しそうな理央を見ていると俺も嬉しい。
弁当も美味いし、特に理央が作ってくれたおにぎりと和え物は絶品だ。
ああ、幸せだなあ。
「ねえ、健太郎」
「ん?」
噛みしめ味わっていたおにぎりをゴクンと呑み込む。
「その、君にずっと言いそびれていたことがあって」
「なんだ?」
「うん」
どうしたんだろう。
理央は少し黙ると、小さく溜息を吐く。
「僕の勝手に巻き込んだことを、謝らなければならない」
「勝手?」
「身内のことや、その、僕自身のことだ」
なんだ、そんな話か。
もしかしてずっと気にしていたのか? 律儀な奴だな。
「別にいいって、構うなよ」
「でも、君は何度も死ぬ羽目になった」
「今は生きてるだろ、それで十分、理央のおかげだ」
「違う、僕は」
「後悔なんて必要ないさ」
理央の頭をポンポンと叩く。
そしてハッとする、これは流石にまずかったか?
だが理央に怒った様子はない。
よかった、許された、けれど今後は気を付けよう。
いくら彼女といえども頭ポンポンは時と場合による、受け取り方次第では失礼だからな。
「理央、確かに俺は何度も死んだが、その度にループしてやりなおせた、なんでかは未だに謎のままだが、結果として助けられたわけだ」
「うん」
「死ぬのは痛いし怖い、でもそこでお終いになるより、復活してやり直せるほうが絶対いいに決まってる」
「そう、だね」
「理央は魔女の仕業かもって言ってたよな? だからその魔女に感謝しているし、お前にも感謝しているんだ」
「僕に?」
「おう、俺の心の支えだからな、薫の時も、磐梯の時だって、いつも」
理央がいたから乗り越えられた。
ただ死んでループしてを繰り返していただけなら、とっくの昔に心が折れていたと思う。
「隣で寄り添ってくれる、それがどれだけ心強かったことか」
「健太郎」
「理央と一緒だから踏ん張れたんだ、自分でも思いも寄らない力が出せた、それは全部理央のおかげだ」
「そうか」
「だからさ、謝る必要も、後悔だっていらない、俺達は今こうして一緒にいる、これが答えだよ、理央」
じっと俺を見詰めて、理央は不意に目を細くした。
日差しが眩しいのかな。
場所を変えようかと言いかけた俺の胸に、思いがけずポスンと凭れ掛かってくる。
おっ、おおっ、理央?
「ふふ、やはり君だね」
「え?」
「だから僕は、君を好きになった」
「り、理央」
「誇ってくれ、その衒いのない真心を、本当に君は格好いい奴だ」
「そっ、そうか? ヘヘッ、照れるなあ」
よく分からないが褒められたぞ!
そっと髪を撫でると、フワフワして気持ちいい。
毛並みのいい猫みたいだ。
「理央も格好いいよ」
「フフ」
「だけど、俺と一緒の時は凄く可愛い」
「それは君のせいだ」
「だな、ハハッ!」
はあ、幸せだ。
顔を上げた理央の頬にそっと触れる。
柔らかくて滑らかで、ほのかに温かい。可愛い、綺麗だ、好きだ。
「理央」
「健太郎」
そのまま唇を重ねる。
甘く蕩けそうな理央の唇、気持ちいい、このままどうにかなってしまう。
「んっ、んん」
触れ合うだけじゃ足りなくて、唇で理央の唇を軽く食む。
ピクンと震える体に腕を回して背中を撫でると、吐息を漏らした理央は俺にフニャンと身を任せた。
「健太郎」
「ん?」
潤んだ上目遣いで「学校でのキスは禁止だ」なんて言って、本当に可愛い。
でも、すまないがそれは聞けないな。
だって俺はいつでも理央とキスがしたいから。
「それじゃ、学校でキスしたら、俺のこと嫌いになっちゃう?」
わざと訊くと、理央はムッとした表情を浮かべる。
「君、意地が悪いぞ」
「どうして?」
「知らない、ほら、早く弁当を食べないか、昼休みが終わる」
起き上がって弁当を勧めてくる理央に「はーい」と答えて箸を持ち直した。
正午の温かな日差しが俺達を祝福するように降り注ぐ。
「ねえ、健太郎」
「うん?」
「好きだよ」
たった一言で俺を幸せにする魔法を、理央も使えるんだ。
もしかしたら理央こそが俺の運命の魔女かもしれない。
「俺も愛してるぜ、理央」
俺からも答えると、理央は嬉しそうに頬を赤らめる。
ようやく取り戻した、けれど、以前とは違う日常を、これからはずっと理央と一緒に。
頬張ったおにぎりの優しい味に、込められた愛情ごと噛みしめる。
俺は今、生きている。
そして理央はここにいる。
幸せはいつだって俺達の間にあるんだ。
(転校生編 了)
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……まだちょっとだけ続くんじゃよ。




