紅薔薇と転校生 6
―――ん?
んんっ、誰、だ?
「ケンちゃん」
薫?
あれ、理央は?
俺、寝てたのか。今何時だ?
理央の姿が見あたらない。
「薫、理央は?」
「天ヶ瀬さんなら、席を外してくれたよ」
「え?」
「大丈夫、すぐ戻るから心配しないで」
「ああ」
ゆっくり体を起こす。
いてて、動くとまだ痛むな、でもさっきより疲れは取れた気がする。
ぼんやりと視界に時計を探していると、薫が時刻を教えてくれた。
三時過ぎ。
一時間くらい寝ていたのか。
「天ヶ瀬さんが連絡くれたんだ、ケンちゃんは保健室で休んでるって」
「お前の番号知ってるのか?」
「SNSだよ、私が先に皆にお願いして、天ヶ瀬さんからアドレスを教えてもらったの」
「なんで?」
「だって、ケンちゃんにイジワルした人って、天ヶ瀬さんの身内なんでしょ? 必要になるかなーと思って」
人づてに理央からSNSのアドレスを聞いたって、あの天ヶ瀬財閥跡取りのアドレスだぞ? そもそも簡単に連絡がつく相手じゃない。
どんな伝手を辿ったんだか、流石の人脈の広さだな。
「それにしても、すっかり夢中だね、ケンちゃん」
「えっ」
「ちょっとヤキモチ妬いちゃうかも」
「な、なにが」
「だって、起きて最初の一言が『理央は?』だもん」
「そっ! それは、まあ」
「でも、こんな傷だらけになってまで戦ったんだよね、天ヶ瀬さんのために」
ああ、そうだよ薫。
俺は―――理央が好きだ。
「羨ましいなあ」
呟く薫になんて言葉を掛けたらいいか分からない。
そんな俺を見て、薫はニッコリ笑う。
「勝ったね、ケンちゃん」
「おう」
磐梯は、お前程じゃなかったからな。
「流石は私の王子様、あっ、今はもう王様?」
「まあな」
「そうだ、ケンちゃんゴメンね? 急にライブなんか始めて、私」
「分かってるよ、俺のためだろ」
「えっ」
キョトンとした薫は、不意に「まいったな」と照れ臭そうに笑う。
「バレちゃった、だけどケンちゃん、ちょっと拗ねたでしょ?」
「うん」
「本当にごめんね?」
「いいよ、お前がゲリラライブをやってくれなかったら、今頃キングとして引っ張りだこだった」
「ふふッ、ゆっくり休んで、怪我人なんだから、無理しちゃダメだよ」
薫の気遣いが沁みる。
本当に助かった、でもちょっと悔しかったけどな。
「ねえ、そういえば皆が教えてくれたんだけど、ケンちゃんが喧嘩した人ってハーフだったんでしょ?」
「ああ、確か母親がインド人だとか」
「背も高くて、ケンちゃんより大きかったって」
「そんなに違わない」
ムッとすると、薫は「拗ねないの」と俺の頭を撫でる。
「名前、なんていうの?」
「磐梯 阿男」
「変わった名前だね、天ヶ瀬さんの身内なら、もしかしてハンサムなのかな?」
「全然!」
即答すると薫は吹き出して笑う。
所詮は三下野郎だ、確かに身長だけは若干負けていたかもしれないが、俺の方がイケメンだし、俺の方が強い。
それに紅薔薇王には俺がなった、あいつは負けた、だから俺の方が格好いいに決まってる。
「でもね、皆、不思議がってたよ」
「なにが?」
「喧嘩の様子を撮ったデータが全部壊れちゃったんだって、動画も画像も、記録が何も残ってないの、見たかったなあ、残念」
「たいして面白くないぞ」
「そんなことないよ、絶対にケンちゃん格好良かった、あーあ」
そこは否定しない。
データ破損か、磐梯の仕業かもしれないな。
術なんて使う胡散臭い野郎だ、そんなことだって出来るかもしれない。
「ねえ、ケンちゃん」
薫はベッドの上で腕を組み、軽く身を乗り出すようにして俺を見る。
「君は、大切な人のために凄く頑張ったんだね」
偉いね、と目を細める。
少し寂しげに見えるような表情だ。
「そういうところ、尊敬する、昔から全然変わらない」
「おう」
「いいなあ―――私も、もう王子様はいるから、今度はお姫様を探そうかな」
「お前以外の姫を?」
「そう、素敵でしょ」
薫は最高の姫だ。
だから最高の王子にもなれると思う。
それにお前が選ぶ姫なら、きっととんでもなく可愛くて、とんでもなく魅力的な子に違いない。
「会いに来てよかった」
薫はクスクス笑う。
「心配したけど、やっぱりケンちゃんだね、もうすっかり大丈夫みたい」
「まあな」
「天ヶ瀬さんのおかげかな?」
「そ、それは、その」
「紅薔薇王にもなれたし、これで離ればなれにならずに済むね?」
「ああ」
「今日、後夜祭で天ヶ瀬さんに告白するの?」
な、なんでそう思う?
―――ああ、そうか、薫もジンクスを知っているのか。
「ん、そのつもり」
「そっか、頑張れケンちゃん、きっと大丈夫だよ」
「どうかな、だって理央は、その」
「なに?」
男だから。
なんて、薫には言いづらい。
「ケンちゃん」
「うん、まあその、当たって砕けろだ、ハハッ!」
「砕けたりしないって、心配性だなあ」
「そうか? でも」
薫は俺の顔を覗き込んでニッコリ笑う。
「大丈夫、君のお姫様が保証してあげる」
「薫」
「怖がらずに飛び込めばいいよ、きっと受け止めてくれるから」
「そうだな」
理央は優しいから、恋人として付き合えなくても、友達ではいさせてくれるだろう。
そう信じたい。
俺もそれでいい、本当は付き合って欲しいが男同士だ、贅沢は言わない。
これからも傍にいさせてくれるだけでいい。
「それより薫、お前こそどうなんだよ、向こうでの生活は」
「うん! すっごく楽しい!」
「ちょっと話を聞かせろよ」
「いいよ、あのねえ―――」
それから暫く薫と話し込んだ。
俺の自慢の幼馴染は前よりもっとキラキラ眩しくて、だけど昔と変わらない所もあって、誇らしい気持ちと安堵する思いが俺の胸を満たす。
薫はやっぱり薫だな。
お前を見てると、負けていられないって気持ちが湧いてくる。
理央とは違う意味でかけがえのない存在。
これからも俺を見守っていて欲しい。
俺も、お前が進む道をどこまでも応援し続けるよ。
そういえば理央はどこへ行ったんだろう。
きっと俺と薫が気兼ねなく過ごせるようにって席を外してくれたんだよな。
だけど気になってきた。
俺は後夜祭だけじゃなく、文化祭もお前と一緒に思い出を作りたいんだ。
―――理央、どこにいる?




