対決と転校生 3
うーっ。
―――あれ?
パチリと目を開く。
見知らぬ天井、病院らしき雰囲気。
どこだ、ここ?
「病院だよ」
声がして、そっちを向こうとして傷が疼く。
いてて。
あ、理央!
「おはよう、健太郎」
「ん」
「あれからもう夕方だ、君は貧血に加えて、鎮痛剤の効果で眠っていた」
そういえば、おぼろげながら処置を受けたような記憶がある。
全身包帯まみれだな。
何か所くらい斬られたんだろう、縫ったのかな、どこもかしこも疼くが、取り敢えず動かせはするようだ。痛ぇ。
「まったく、無茶をし過ぎだ」
「理央、磐梯は?」
理央は唖然としたように俺を見て、軽く息を吐く。
「別の部屋で眠っている、あいつの方が重傷だ、複数個所に及ぶ骨折、裂傷、歯も何本か欠けているらしい、おおよそ全治一か月」
「悪い事したな」
「そうだね、まあ君も似たような状態だから、暫くは安静を心掛けるように」
「えっ」
そんな、俺、文化祭に参加できないのか?
それは困る。
お前を後夜祭に誘わないといけないんだ。
「理央、あの」
「君と阿男が後先考えずやり合ってくれたおかげで、後始末が大変だった」
「えっ」
「そちらは天ヶ瀬で引き受けたが、僕の苦労も多少は理解して欲しいものだね」
「す、すまん」
「学園の校庭で決闘なんて何を考えている」
「申し訳ない」
「呆れて物も言えないとはこのことだ、確かに見届けるとは言ったが、流石にやり過ぎだろう、反省したまえ」
「はい」
叱られてしまった。
それもそうか、学園中が観客になっていたし、磐梯に至っては銃刀法違反だ。
奴が使っていた曲刀は消えてしまったが、それも含めて見ていた奴は大勢いる。
あの場を収めるのに理央は相当苦労しただろう、俺達を病院に搬送までしてくれて、本当に頭が下がる。
―――それにしても、あの曲刀も磐梯の術とかそういう代物だったのか? 便利なもんだな。
「君、わざとだろう?」
理央の言葉に目を逸らす。
「衆人環視の中では阿男も魅了の術は使えまいと、そう踏んで事に及んだな?」
バレたか。
三度目のループと同じ状況を繰り返すなんて御免だからな。
でも流石にやり過ぎたとは思っている、あそこまで騒ぎにする必要はなかった。
「まったく」
うわっ、急に髪をクシャクシャッと撫でまわされた!
な、なに? なんだ突然。
「どうしてそう無茶をする?」
「だって」
まだ―――ここでは言いたくない。
横目で理央を窺いつつ「なあ」と控えめに呼びかける。
「なんだ」
「俺さ、文化祭、参加しちゃダメか?」
途端に理央は半目になってため息まで吐いた。
ううっ!
「君な、自分が今、どういう状態か分かっているのか?」
「でも俺、後夜祭をお前と一緒に過ごしたいんだ」
「文化祭参加のみならず、後夜祭まで参加するつもりか」
「さ、最悪文化祭は諦める! でも後夜祭だけは!」
いッ、いてて、喋るだけで傷に響く。
だけどこれだけは譲れない、俺の今後に関わることだ。
「なあ、ダメか?」
必死で訴える。
この際、這ってでも後夜祭にだけは参加したい。
だからどうか、頼むっ!
「やれやれ」
不意に理央が諦めたような、呆れたような顔で笑った。
「君はつくづく厚かましいな」
「うっ、すまん」
「仕方がない、当日は僕が補助に付こう、勝利した君の特権だ」
「えっ!?」
理央がずっと傍にいてくれる?
や、やった!
って痛ぇッ、いててッ、喜んだら傷がッ、でも嬉しい!
こうなったら二日後の文化祭までに可能な限り回復してやる、見てろよ!
「こら、だが今は絶対安静だ、このまま入院してもらうぞ、既に御母堂へも連絡済みだ」
「え、母さん?」
「緊急事態だからね、連絡先を聞いて、僕からも事情を説明しておいた」
「何か言ってたか?」
「君をとても心配していたよ、あと」
なんだ?
理央は小さく息を吐く。
「勝ったか、と尋ねられた」
うっ、母さん。
「だから君の勝利を伝えておいた、とても喜んでおられたよ、快気祝いは焼肉だそうだ」
「おお!」
「それと、近々僕に会いたいと仰っていた」
「おっ」
「まあ、内輪の諍いに君を巻き込んでしまったからね、こちらとしてもご両親に謝罪するのが筋と考えている、だから特に問題は」
「俺の母さんに会うのか?」
「ああ」
お、親に紹介!?
それって、なんか―――け、結婚の報告をするみたいじゃないか!?
いや流石に飛躍し過ぎだ、でも母さん、彼女ができたらすぐに教えろって言ってたよな?
だけど理央は男で、まあでも俺の恋人の性別を気にするような人じゃないけれど、ってそもそもまだ俺と理央は付き合っていないどころか告白だってしていない!
うわーっ! 事故にならないことを祈ろう。
後夜祭の告白が上手くいきますように。
フラれた後で母さんに紹介するなんて心が死ぬ、流石に無理だ、泣くかもしれない。
「何を考えている」
不意に額を指でピンと弾かれる。
いてて。
「とにかく、今はしっかり養生したまえ」
「はい」
「明後日、僕と文化祭に参加するんだろう?」
そうだ。
文化祭、というより、後夜祭のジンクスに賭ける。
そのためにも今日、磐梯と決着をつける必要があった。
俺はこの想いをもう曖昧なまま隠したり誤魔化したりしない。
「健太郎」
ふと理央が微笑む。
「頑張ったな」
「え?」
「格好良かったよ、君」
うっ!
急に顔が熱い。
褒めてもらえて嬉しいが、それ以上にその、気恥ずかしいな。
モジモジしていると理央はまた髪を撫でてくれる。
今度はあやすように優しく、ゆっくりと。
その手の温もりや心地よさで傷の痛みも薄れるようだ。
とにかく、俺は勝ったんだな。
殺されるたび繰り返すループも終わった。
―――磐梯は今頃どうしているだろう。
奴ともいずれ話をしなければ。
禍根を残したままじゃ収まりが悪い、それに俺が勝ったら話を聞けと言った。
和解できるかまでは分からないが、誤解だけは解いておきたい。
俺と理央の名誉のためにも。
なんか―――眠い、瞼が重い。
目を閉じると傍らで寄り添ってくれている気配が「おやすみ」と囁いた。
ああ、おやすみ理央。
そして頑張ったな、俺。
命を賭けた価値はあった。
ようやく俺は、生きて迎える理央との明日を勝ち取ったんだ。




