対決と転校生 1
LOOP:10
Round/Get Dumped
景気付けにたっぷり揚げた唐揚げを、皿に山盛りにして理央と食べた。
―――まあ、殆ど俺の腹に収まったんだが。
「君の作る唐揚げはいつも一個が大きい、四個も食べれば満腹だ」
「理央って少食だよな」
「君が健啖家なだけだよ、よくそう食べられるものだ」
「おかげでこんなに大きく育ったぜ」
「今、身長はどのくらいあるんだ?」
「最近測る機会があって、その時は179だったから、まあ180ってところだな」
「一センチにこだわりを感じるね、しかし大きいな」
「理央は?」
「春に測った時は170あったよ」
ふむ、俺との身長差は十センチ。
丁度いいくらいじゃないか? 並ぶと絵になるそうだし、お似合いってヤツだな。
食後のお茶を飲みつつ、理央から「また別に登校するかい?」と訊かれた。
いや、今回その必要はない。
「理央には、これから俺がやることを見届けて欲しい」
「何をするつもりだ?」
「磐梯をぶん殴る」
え、と目を丸くした理央は、暫く俺を見詰めてからゆっくりお茶を飲む。
そして瞼を閉じて、少し何か考えに浸った後、また目を開いて俺を見詰める。
「いいだろう」
続けて「存分にやりたまえ」と頷いてくれる。
止めるかと思ったが意外だな。
だが、これで完全に迷いは消えた。
磐梯とは講堂の舞台上ではなく、俺のこの拳で決着をつけさせてもらう。
そうだ、事に及ぶに至って母さんのアレを借りてこないと。
若い頃に海外を武者修行で渡り歩いた時の頼れる相棒だったと話していた、同じ師匠に習った姉弟子でもある母さんのアレを。
今は親父の部屋に置いてあったはずだ。
過去の戒めだとか、確かそんな理由で。
「まあ、殺さない程度には収めてやるよ、俺には手心があるし、野郎もループするかもしれないからな」
「あいつはしないよ」
「え、そうか?」
理央は「しない」と繰り返し断言する
やけにはっきり言うな。
もしかして、されちゃ困るって意味だろうか。
「そうだな、例の魔女は俺の味方だもんな?」
「そうさ」
「ハハ! だったら改めて感謝しないと、俺にとっては運命の魔女だ」
俺を勇気づけるための可愛い冗談が嬉しい。
理央は持っていた茶碗をテーブルに置いて「運命」と呟く。
「そうかもね」
「え?」
テーブルに肘を乗せ、頬杖をつきながら笑う。
色素の薄い前髪がさらりと零れて理央の目の辺りに掛かる。
「だとすれば喜ばしいことだ、ねえ、健太郎」
「なんだ」
「君はその魔女をどう思う? 好きかい?」
「ああ、好きだ」
フフッと微笑む姿はやけに嬉しそうだ。
俺もなんだか胸の辺りがくすぐったい。
「僕もだよ」
「えっ」
それは、どういう?
―――ええーっと、また妙な雰囲気になりかけているんだが、いかんいかん。
しっかりしろ俺、腹が膨れて、目の前には理央がいるからって、浮付くんじゃない。
「そ、そうだ理央! お前のことよろしく頼むって星野さんに言われたぞ」
「え?」
「やっぱり結構仲いいんじゃないか、なのに親同士が付き合いある程度の関係だなんて、薄情だな」
「それは、その」
「お前のこと心配していたぞ」
それから、俺と一緒にいる理央は楽しそうだとも言っていた。
朝稲に園芸の楽しさを教えた時も根気強く向き合って、星野は本当に優しい子だよな。
「そうか」
「でも、最近はいい感じに変わったって、それが俺のおかげだなんて言うんだぜ? ハハッ、まいるよなあ」
ってこれは話さなくてもよかったか、何か突っ込まれるかな。
そっと理央の様子を窺う。
目が合うと、ニコッと笑い返してくるから、グッと言葉に詰まって咽た。
「大丈夫かい?」
「お、おお」
「急に咽るなんて、相変わらず落ち着きがないね」
「悪い」
何やってるんだ俺は、浮かれるにはまだ早いぞ。
手元の温くなりかけたお茶を一気に飲み干して席を立つ。
「よし、そろそろ行くか」
「登校するのかい?」
「おう!」
理央も頷いて椅子から立ち上がる。
今度こそ野郎に、磐梯に勝つ!
「行こうか」と歩き出した理央を先に玄関へ行かせて、俺は部屋にスポーツバッグを取りに向かいがてら、親父の部屋へ足を運ぶ。
母さんのアレは、探すまでもなくいつもの場所に飾られていた。
浮気者だった親父に制裁を加えた、二人曰く『夫婦仲の象徴』な逸品。
それを今日、俺は、俺自身の愛を勝ち取るために使わせてもらう。
見守っていてくれ、母さん。
ついでに親父もよろしく頼む。
息子で弟弟子の俺に、どうか力を貸してくれ。
アレを入れたスポーツバッグを肩に下げ、玄関に急ぐ。
待っていた理央と一緒に家を出ると、外に理央の家の車が停まっていた。
俺達が乗り込み、走り出した車内はやけに静かだ。
刻一刻と決着の時が迫っている。
三度殺され、ループして、辿り着いた今、この時。
磐梯、俺の平穏な日常を理不尽に踏み荒らした侵略者め。
俺はその暴力的な行為に、この拳をもって抗議する!
車は信号に停められることなくスルスルと走り、光輝学園に辿り着いて停車した。
俺は車を降りる。
理央も運転手が開けたドアから車外へ降りた。
正門から昇降口まで、まっすぐ伸びた道を進み、校舎に入ったところで昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
「行くぞ、理央」
「ああ」
ざわざわと賑わい始めた校舎内を進んでいく。
教室の前に着いて、中を覗き込み、まだ磐梯がいるのを確認してからすう、と息を吸い込んだ。
―――確かに理央が話していたとおり、今日は昼前に帰っていないな。
特に気にも留めていなかったが、これが文化祭で俺が手酷く負けるフラグだったのか。
「磐梯 阿男!!」
怒鳴ると同時に周りにいる全員が驚いた様子で俺を見る。
教室内、廊下もだ。
理央まで目を丸くして俺を見上げている。
磐梯がゆっくり振り返った。
「何事だ」
「勝負だッ!」
「け、健太郎?」
「表へ出ろ! 今、すぐにッ!」
呆気に取られていた奴らの何人かがハッと我に返った様子で「どうしたんだよ」「落ち着け」と俺を宥めに寄ってくる。
俺は落ち着いている、極めて冷静だ。
声を掛けてきた奴らの中に五月女と委員長もいる。
―――あの時はすまない。
俺も傷付いたが、お前達も辛かったよな、だがあんな目には二度と遭わせたりしない。
「おい怖気づいたか、卑怯者!」
「何だと」
煽った途端に磐梯は椅子からゆらりと立ち上がった。
恐らくまだ特別審査員の話は聞いていないだろうが、俺に侮られたからだろう。
まあ、この地点で奴は文化祭の飲食物に薬を盛るつもりでいるわけだし、卑怯者で合っている。
「表へ出ろ!」
「フン、いい度胸だ、手間が省けたわ」
先に引いた奴らの中で、まだこの険悪な雰囲気をどうにかしようと踏ん張っていた五月女と委員長がいよいよ折れた様子で後退りして離れていく。
そうだ、それでいい。
これは俺の喧嘩だ、他の誰も巻き込む気はない。
傍で理央だけが固唾を飲み、何をするのかと見守っている。




