覚悟と転校生 4/前
「おいっ、約束しただろうが、正々堂々戦うと!」
「そうだな、だが気が変わった」
「なんでだ」
「貴様如きにその価値などない」
俺を睨む磐梯の目に強い憎しみの気配がある。
何だってそこまで、チクショウッ。
「おい下郎―――我も聞いたぞ? 此度の王を競る投票にて、特別審査員枠なるものが設けられるそうだな」
「ああ」
「やはり知っていたか」
「だったらどうした」
その審査員たちを、お前は魔術とやらで魅了して、不当に得た票で俺に勝つつもりだったんだろう?
力づくで皆の心を好き勝手にしやがって!
「フン、悪びれもせぬか」
「なんで俺が、お前が妙な術を使うってことも俺は知ってるぞッ」
「それは理央から聞いたか」
黙る俺を磐梯はじっと見据える。
「まあ、いい」
そして、またどこからともなくスラリと剣を抜き放った!
「貴様はやはり、理央を害する毒だ、存在自体が万死に値する」
「なッ」
ちょっと待て。
この状態で斬りかかられたら、俺は避けられるとしても、こいつらに万が一でも剣があたったら!
「最早対話の価値すら無し」
勢いよく振り降ろされた刃をギリギリで避ける!
どっ、どうにか周りの奴らも巻き添えにせずに済んだ、けど太ももの辺りを少し斬られちまった、クソ!
「捕らえろ」
磐梯が言うと同時にクラスの奴らがまた俺に群がってくる!
やめろ! 普段から俺は男に容赦しないって言ってるだろうが、今度は斬られても知らねえぞ!
「許せッ、悪く思うなよ!」
詫びつつ片っ端から殴って道を拓く。
一応加減しているつもりだが、多少の怪我は諦めてくれ、倒れて転んだりぶつけたりしても、それは俺のせいじゃない。
だが、殴っても殴っても、クラスの奴らは俺を押さえつけようとまとわりついてくる。
これじゃゾンビだ、映画で襲われた奴らがどうして抵抗虚しく食われるのか、その理由が何となく分かった気がする! キリがない!
もっと人気のないところへ移動したいんだが、これじゃ教室を出ることさえままならないな、どうすればッ!
「いっ、いい加減に、しろッ!」
腰に縋りついてきた五月女を振り解いて、あと一歩!
教室の出入り口の辺りに足が掛かったところで「おい」と磐梯の声が聞こえる。
「下郎、これを見よ」
は?
肩越しに振り返ったら―――おい、それは何の真似だ。
床にうずくまっていた一人、委員長を磐梯が捕まえて、その喉元に刃をあてている。
青ざめながら震える委員長の首に赤い線が、ツウッと血の雫が肌を伝い落ちる。
「抵抗を続けるのであれば、こ奴らを一人ずつ始末する」
「やめろ! 何考えている!」
「恨みを纏う死を賜りたくなくば、即刻その首を差し出せ」
「無関係な奴まで巻き込むな!」
「フン、おかしなことを言う」
磐梯はクックと喉を鳴らして笑う。
何がおかしい!
「これは全て、貴様が招いたことだろう?」
「は?」
「とぼけるか、まあいい、こやつも貴様らも俺にとっては家畜も同然、その生死に是非を問われる謂れもない」
「なんだと」
「貴様も肉を食うだろう? 害獣は殺すだろう? 同じことだ」
「ンなわけあるか!」
一体、何様のつもりだ。
価値観が根本から違う、見ている世界が違う、分かり合えない、こいつの道理は虫唾が走る!
「しかし多少の慈悲はある、俺は無益な殺生を好まない」
「どの口がッ」
「ほらどうする? こやつの死に然程の価値も意味もないが、お前は惜しいのではないか?」
「卑怯者! お前は卑劣な恥知らずだ! 虫けらにも劣る、品性の欠片もないクズ野郎だ!」
「黙れ!」
教室に磐梯の怒号が響き渡る!
同時に俺に群がっている奴らがビクッと震えて動きを止めた。
逃げるなら今だが、委員長が捕まっている以上、下手に身動きが取れない!
「貴様がッ、それを言うかぁッ!!」
吼える磐梯の腕の中で震え続けていた委員長が、一瞬ハッとした表情を浮かべると大粒の涙をこぼす。
―――なにか臭うな?
磐梯も不意に気付いた様子で鼻をひくつかせると、急に委員長を解放して背中を蹴った! 何しやがる!
「粗相するとはッ、痴れ者め!」
倒れた委員長はそのまま泣いている。
惨い。
これは、あんまりだ。
「磐梯いぃぃぃぃぃッ!」
頭がおかしくなりそうだ。
こんなに腹が立ったのは初めてかもしれない。
「殺りたいのは俺なんだろ! だったら相手してやるッ、このクソ野郎がぁぁぁッッッ!」
まとわりつく腕を振りほどきつつ磐梯を目指す!
あの、野郎ッ!
よくもよくもよくもッ、よくもぉぉぉッ!
お前のくだらない理由で! 卑劣な手を使って! 俺のクラスメイトまで傷つけやがって!
許さないぞ。
絶対に許さないからな!
思い知らせてやるッ、お前が踏みにじったものを! 辱めたものを、全部ッ!
「うおおおおおおおッ!」
「フン、やっと死を賜りに来たか」
「ぬかせッ、ブン殴ってやる!」
「見せしめに切り刻んでやりたいところだが、もういい、その顔見るのも業腹だ、ひと思いに殺してやる!」
真剣相手に立ち会ったことはあるが、曲刀は初めてだ。
まして俺は素手、防具もない状態でどこまでやり合えるか。
腕一本くらいは覚悟するべきだろうな。
最悪殺される可能性が高いが、そうなった時は頼むぜ俺の魔女、ループに賭けるしかない!
―――勝手に信じさせてもらうぞ!
奴の間合いの外から仕掛けるべく床を蹴る!
同時に磐梯がまた指を鳴らす!
やめろお前ら! そろそろ正気に戻ってくれ!
伸ばされた腕を振り払った直後に悲鳴が聞こえた。
飛び散った血が俺にもかかる。
えっ?
まさか、斬ったのか?
「くくッ」
ッツ! 磐梯の刃がすぐそこまで!
躱すとまた誰かの腕が伸びてきて俺を押さえつけようとする。
やめてくれ! 離せ!
また悲鳴が上がった。
嘘だろ、どうしてッ、やめろやめろやめろ! やめろッ!
「関係ないヤツに手を出すんじゃねえッ!」
「であれば貴様の首を差し出せ、俺はそう言ったはずだ」
「ふざけるなッ!」
「歯向かうだけ被害が増すぞ? 俺は構わんが、お前はなけなしの良心でも痛むか、フン、愚かなことだ」
「いい加減に、しろッ!」
「それは貴様だろう」
どうすればいい?
どうすればいいんだ?
逃げることはもう出来ない。
そんな真似をしたら、磐梯は多分ここにいる全員を殺す。
そして俺を追ってきて、また近くにいる奴らを巻き込むだろう。
くそッ!
くそくそくそくそくそッ! くそったれ!
死ぬのは嫌だ。
ループに賭けたいが絶対じゃない、今度こそこれで終わりかもしれない。
何よりまたこいつに殺されるなんて我慢ならない!
だが、このままでは被害が増え続ける。
俺がこいつらを傷つけてしまう。
どうすればいい?
どうすれば、誰か、理央ッ―――いや、あいつこそ、こんな状況に巻き込むわけにはいかないだろう!




