覚悟と転校生 3
それにしても、文化祭二日前だからどのクラスも大分準備が進んでいる。
あちこちの壁にポスターが張られたり、教室の入り口が飾り付けられていたり、既に祭りの雰囲気だ。
まあ、俺は当日命が掛かっているわけだから、こういうのを単純に楽しむばかりじゃいられないが。
けれど、磐梯の手の内はもう分かっている。
それを覆すためにこれまで色々と対策を打ってきた。
先々週末、先週末のデートと、野郎どもと親睦を深め、霜月からあらぬ誤解を掛けられてしまった―――かもしれない今週。
明日は緒方の店へ行くし、飛鳥まではやっぱり手が回り切らなかったが、流石に仕方ない。
理央の方でも星野に警告してくれたようだ。
ひとまず魅了の術に関しては今のところ心配いらないだろうと思う。
だが、気になるのは文化祭二日前の今日に至っても未だに特別審査員枠の話を、それこそ噂程度も耳に挟まないことだ。
確かに前回の文化祭で、俺はそのことを知らず磐梯にしてやられた。
だから今度こそはと些細な話も聞き洩らさないよう努めてきたんだが、どういうわけか何の情報も得られない。
あの情報通の五月女すらまだ掴んでいない様子だ。
当事者の虹川や清野、愛原にそれとなく話を振ってみても手ごたえが無かった。
だとすれば、朝稲、杉本、霜月や星野だって似たような反応だろう。
何かしら罰則の絡む箝口令が厳重に敷かれているのか、それともまさか、まだ知らない? とか?
うーん、なんだろう、モヤッとする。
何か引っかかるんだが、それが何なのかさえ掴みきれずにもどかしい。
でも、それはもういい。
このまま知らぬ存ぜぬを貫けば、ループの記憶を持たない磐梯は前と同じように行動するはず。
だが特別審査員たちに魅了の術が通じず慌てることになるだろう。
それから当日の飲食に混入されていた薬物、こっちに関しては理央が天ヶ瀬の力を使って阻止してくれるそうだから心配いらない。
―――何をどうするかまでは教えてくれなかったんだけどな。
全ての手を封じられ、磐梯は恐らく、これまでの言動から察するに実力行使に移るだろう。
あいつが大人しく負けを認めるものか、だがそうなればむしろこっちのものだ。
俺にも奴をぶん殴る大義名分ができる。
―――初回と、前回。
どっちも不意打ちだったり本調子じゃなかったりと、あの野郎にしてやられたことが敗因だ。
だが今回は違う、泣きを見るのはお前だ磐梯!
紅薔薇王の冠は今度こそ俺が貰う。
そしてお前をこの学園から、俺と理央の前から、永久に追放してやる!
コピー機は職員室にある。
原本片手に廊下を歩く俺を「おい」と呼び止める声が響いた。
てめえは―――磐梯!
「そう身構えるな」
今日も昼に帰ったはずだ、それがどうして今ここにいる?
うすら笑いの表情がムカつくな。
一体何の用だ。
「貴様、随分と必死に足掻いているようだな?」
「何の話だ」
「とぼけるな、俺が知らぬとでも思ったか、愚鈍の極みめ」
「喧嘩なら買わねーぞ、お前と違って忙しいんだ、くだらない用なら話しかけてくるな」
磐梯の顔が僅かに引きつる。
フン、煽り耐性のない野郎め。
しかし―――今の言葉、気になるな。
「まあいい、それより貴様に用がある」
「あっそう」
「クラスに戻れ、今すぐ」
「は? なんでだよ」
「さて」
何かはぐらかした?
こいつの言葉に従う道理はないが、やけに胸騒ぎがする。
「俺はお前たちなどどうでもいい、だが、お前は違うのだろう?」
「なんだと」
「フン、なに、つまらん余興だ、貴様如き虫けらが如何に足掻こうと無駄だということを、この俺が親切心で分からせてやろうと思ってな」
「一体なんの話をしている」
「さもしく票稼ぎをしたところで無意味、結末は変わらんのだ」
磐梯は、俺が特別審査員枠の情報を自分より先に得ていたことに気付いたのか。
確かに最近の俺の行動と件の話を重ねれば、目的を容易に察せられるだろう。
まあ、友達の心をこんな奴に好き勝手されたくないって理由の方が大きいんだが、こいつには関係ない。
理央が協力していることも踏まえて、磐梯の策に先手を打ったことまで見抜かれたか?
だとすれば今の発言は―――まさか。
「おい、何をした」
訊いても磐梯は答えない。
ただこっちを見下すような笑みを浮かべるだけだ。
「クラスの奴らに何をしたんだ!」
「知りたければ、俺の言葉に従えばいいだけのこと」
クソッ、腹立つ言い方しやがって!
不本意だがそうするしかない。
理央にも連絡したいが、今は一刻を争う。
身を翻して駆け出した。
廊下に俺の足音だけ響く、やけに静かだ。
他のクラスの奴らは全員帰ったのか?
それとも、この状況も磐梯が術とやらで作り出したものなのか。
ええい、チクショウ! ズルいだろ!
俺にはそんな都合のいい力は無いんだぞ、いい加減にしろ!
あいつらにまた手を出したら許さない。
前回の文化祭の二の舞?
それを阻止するために今日まで必死になってきたっていうのに、ふざけるなよ!
教室に飛び込むと同時に、近くにいた何人かが振り返って「おっ」と声を上げる。
「戻ってきたな色男」
「さっきの話、まだ終わってねーぞ」
「お前ばっかりズルいんだよ! ほらせめて働け、俺達の倍は働け!」
なっ、なんだ?
―――何も起きていない?
ポカンと立ち尽くすと、傍に五月女が来て「おーい」と俺の顔の前で手を振った。
「どした? っていうかコピーしてきてねーじゃねえか、てかお前ッ、それ、原本!」
「うわ、クシャクシャになってる!」
「お、大磯君!」
あ、悪い、委員長。
怖い顔しないでくれ、それどころじゃなかったんだ。
しかし誰もおかしくなっている様に見えない。
もしや嵌められた? 煽ってからかわれただけなのか?
―――そんな馬鹿な。
「お前達」
不意に背後から声がした。
俺以外の全員がそっちへ視線を移す。
『イシ・サマルピッツ・カリン(捧げよ) トム・ラージャ・ケリ・リィッキ・ビエント・ホー(祖が身は王への供物なり)』
なッ、なんだッ!?
声が耳にッ、いや、頭の中に直接ッ、くうッ!
気持ち、悪いッ!
視界がぐわんと歪んで吐き気が込み上げる!
ッあ? あ、あれ?
なにか、おかしい―――皆の様子が変だ。
目が虚ろで、瞳孔が開いて、口も半開きになったまま棒立ち状態で、ど、どうしたんだ?
うずくまって震えている奴もいる。
一体、何が。
「ほう、小癪な」
俺の隣に進み出た磐梯が、見下すような目を向けた。
「なるほど、由なく入れ込んだというわけでもなかったようだ、しかし貴様如き下等な俗物を俺は認めん」
そしてパチンッと指を鳴らす。
途端に五月女たちがフラフラと寄ってきて、な、なんだ? なんで腕を掴む、やめろッ! 体を押さえつけるな、放せッ!
「まどろっこしい真似は終いだ」
磐梯は腕を組み、軽蔑した眼差しを俺に向ける。
「そも、此度の勝負は理央の目を覚まさせることこそ目当、些かばかりの情けをもって貴様の終焉に多少の華でも添えてやろうかと思ったが、馬鹿馬鹿しくなったわ」
「な、なんだとッ」
「紅薔薇王? フン、くだらん、余興にもならぬ戯れ事に心血を注ぐ姿の、なんと哀れで滑稽な事よ」
まさか―――始めからまともに勝負する気なんかなかったってことか?
紅薔薇王の冠を賭けて俺に挑んだことも、真に受けて必死に右往左往する様子を嗤うため?




