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野道と転校生 5

「なあッ、大体さ、何でさっき急にコタのこと殴ったんだよ、ケン!」

「あ?」

「おう、チクショウ、マジで意味分かんねーぞッ、オラッ」

「って! あのなあッ、さっきも言っただろ!」


虎太郎の拳をいなし、龍一の蹴りを蹴りで返しつつ答える。


「友達だからに決まってんだろ!」


二人は一瞬キョトンとして動きを止める。

そして同時にニヤッと嫌な笑みを浮かべた、うおッ、気持ち悪ッ!

鳥肌立ったぞ! 鳥肌!


「だったら仲良く喧嘩しようぜ、俺ら三人、仲良しバカトリオってことで!」

「一緒にするな、バカはお前ら兄弟だけだ!」

「俺らと喧嘩してるお前もバカに決まってんだろ!」

「そうだそうだ、バーカ!」

「うるせえバカ!」

「やんのかバカ!」


ガキみたいに罵り合いつつ、殴る蹴るの無益なコミュニケーションは続く。

ッだあもう! めんどくせぇッ!

殴った腕を掴まれ、放り投げられて、立ち上がろうとしたところへ蹴り、それを躱して逆に足払いを仕掛け、押さえ込んだところで後頭部を殴られる。

互いの拳と拳、脚と脚を交え、殴って殴り返し、蹴っては蹴り返され、傷だらけの泥まみれになって地べたを転げまわる。

それでも、こいつらは卑怯な真似をしないところだけ、まだマシだな。

磐梯、あのクソ野郎もちょっとは見習え、男同士の勝負ってのはこういう風にやるもんだ。

しかし高校生にもなってするようなやり方でもない。

ああクソ、口の中に血の味がする。

掴みかかってぶん殴り、頭を掴んで膝打ち、胴を抱えてなぎ倒し、蹴りを入れて踏みつける。

気付くと龍一が、そして虎太郎も、何故か笑顔だ。

俺は何一つ楽しくない。

こんな不毛な時間を過ごすくらいなら、教室でテーブルクロスを縫いつつ女の子達とお喋りしていたかった。


「ッはは! ひっでえツラだなコタ! 健太郎も男前が上がってるぞ!」

「お前もな、常盤弟ッ」

「その呼び方やめろって言ってるだろ!」

「ッあークソ、痛ぇッ! てめえらいい加減にしやがれ!」

「なんだぁ? コタは降参か? いいぜオニーチャン、それなら今日から俺が兄貴を名乗らせてもらう!」

「ざけんな! てめえらどっちも泣かす!」

「上等だぁッ」


もういい加減〆よう、このままじゃ埒が明かない。

疲労とダメージの蓄積が見え始めている二人にそれぞれ足払いを仕掛けて転ばせ、腹を軽く蹴る。

だが俺も二人に引きずり倒され、順に蹴りを入れられた。

ああ、もう、疲れた。

虎太郎と龍一も座り込んだまま肩で息をしている。


「なんだお前ら、もうダウンかよ」

「うるせぇ、クソ、制服が泥だらけじゃねえか、誰が洗濯すると思ってんだ」

「コタだろ?」

「てめえのはてめえでしやがれ」

「俺はクリーニングに出す」

「何ッ! 健太郎てめぇ、この野郎!」

「財力の差を見せつけやがって、ずりぃぞ!」


なに言ってるんだ、お前らも素直に親でも頼れ。

今は家出同然で実家を飛び出し、親戚が管理している物件に無断で住み着いているらしいが、知ったことか。


「なあ、常盤兄、そして常盤弟」

「その呼び方やめろって言ってるだろ、ケンちゃん」


龍一がうんざりした様子で唸る。


「ところでさ、お前らなんで喧嘩してんの? 迷惑なんだけど」

「勝手に混ざってそれ言うか」

「もしかして、女の子の取り合いでもしてたか?」


冗談のつもりで言ったが、返事がない。

それどころか二人とも俺からわざとらしく目を逸らしている。

ふむ、なるほど?

まあ兄弟だから好みのタイプも似るんだろう、難儀なことだな。


「はあ、アホらし」


立ち上がって制服の汚れを叩き落す。

所々ちょっとほつれてるし、シャツも袖口が破けて、ああ最悪だ。

今だけは薫がいなくてよかったな。

こんな姿をあいつに見られたら、強制手当て+説教付きの苦行を味わう羽目になっていた。


「だからってお前らが喧嘩してちゃ世話ないだろ」

「ンなこと分かってるさ、けど」

「譲れねえもんがあるんだ」


そうだな。

まあ、分かる。

俺にもあるよ、その譲れないものが。


「だったら尚更、間違えるなよ」


兄弟が俺を見上げた。


「相手のためを思って、それが結局自分のためになってないか、履き違えるな、思い込みで突っ走って守れるものなんて何もない」


俺も間違えたくない。

皆のため、理央のため、それを自分に対する言い訳にしていないか。

辛くても苦しくても背負う覚悟を誰かに擦り付けていないか。


「俺は、間違えたくないよ、誰かのためを自分の弱さの言い訳にしたくない、ダサくても、格好悪くても、そこだけはしっかり見極めたい」

「健太郎」

「お前」

「相手が大切に想ってくれる俺自身も大事に扱う、それが俺の愛だよ」


少しの無言の後、龍一がプッと噴き出した。


「臭ぇなケンちゃん」

「格好いいと言えよ」

「いいや、臭ぇ、クサ過ぎてたまんねぇぜ」


虎太郎まで笑い出す。

二人ともようやく吹っ切れた様子だ、雨降って地固まるってヤツだな。


「ったく、愛だ何だとよくもまあ」

「いいじゃないか、コタ、俺は好きだよ、愛」

「俺も好きだ、愛」

「うるせえ、揃いも揃って俺の周りにはバカばっかりだ、はあ、アホくさ」

「そこはお前も含まれてるだろ、虎太郎」

「一抜けした気になってんじゃねえぞ、コタ」

「ッチ、バカがよ」


虎太郎と龍一も立ち上がってそれぞれ制服の汚れを叩き落す。


「あークソ、破れてんじゃねえか、どーすんだこれ」

「俺もだ、どうしよう、コタ」

「知るか」

「だったら、お前達が気になってる子にでも頼んでみろよ」


途端にギョッとなって振り返った二人を見て笑う。

そんな俺に二人は舌打ちする、似たもの兄弟め。


「じゃあ俺が繕ってやる、特別サービスで」

「は?」

「マジ?」

「取り敢えず保健室行こう、あそこ裁縫セットも置いてあったはずだから」

「マジかよ」

「マジだぜ」


―――ん?

歩き出そうとしてふと気付く。

校舎の影からこっちを窺っている姿、あれは、霜月か?

ヤバい、さっきの喧嘩を見られたかもしれない。

俺と目が合った瞬間、霜月はビクッと体を震わせたが、真面目な顔でコクンと頷くとパッと駆け出して行ってしまう。

あれ、黙っておく、って意味か?

そうあってくれるよう祈ろう。

とにかく、ここに留まり続けるのはよくない、他に誰か来るかもしれない。

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