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野道と転校生 3

―――そして、同日の放課後。


「健太郎」


クラスの出し物で使うテーブルクロスの縁をチクチクと縫っていると、睦月が話しかけてきた。

睦月 英。

朝稲とは別の事務所でモデルをやっている天然系の超絶イケメンだ。

こいつも特別審査委員に選ばれた一人だな。


「なんだ?」

「少し、いいか?」


何の用だろう。

誘われるまま教室を出てついて行くと、暫く歩いて、図書室に辿り着いた。


「何だよ、こんな所に連れてきて」


睦月はチラッと俺を見て、そのまま図書室に入っていく。

うーん?

また後をついて行くと、図書室の奥まった場所まで行って立ち止まった。

片側は窓、片側は書架で囲われた、ちょっとした個室のような空間だ。

今は誰もが文化祭の準備に追われているせいか、図書室内に利用者の姿は一人も見当たらない。


「文化祭の準備で、放課後も教室にはずっと誰かいるだろ」


不意に睦月が言う。


「だから、ここくらいしかお前と二人で話せる場所が思いつかなかった」

「そうか」


図書室は私語禁止だけどな。

誰もいないし、今だけはいいか。


「これ」


睦月はポケットを探って、取り出した何かを掌に乗せて俺に見せる。

それにしてもつくづく顔がいいな、こいつ。

確か母親が北欧系のハーフとか言ってたか、理央と同系統の美形だ。

この容姿がスカウトの目に留まってモデルの仕事を始めたらしい。

まっ、理央の方がずっと美人だし、睦月には何も感じないけどな。


「作ったんだ」

「お前が?」

「ああ」


指輪か。

質感からしてクレイシルバーだな。

そういやコイツ、彫金に興味があるとか前に話していたか。


「緑の石が嵌ってる、ペリドットか?」

「分かるのか?」

「お前の目の色と同じだな」


不意にハッとなった睦月の頬がうっすら赤く染まる。


「そう、だ」

「へえ」


もしかしてこいつ、この指輪を誰かに贈るつもりなのか。

確か睦月の悩みは(進路で迷っている)だったよな。

大学進学、モデルを続ける、彫金に興味がある―――なるほど、道を選びかねているのか。

俺なら全部を狙ってみるぞ。

欲張ったっていいだろう、人生やったもん勝ちだ。

この指輪は他にも何か決着をつけたいことがあって、その為に作ったものかもしれない。


「綺麗だな」


睦月は俺をじっと見つめる。


「お前の気持ちが伝わってくるみたいだ」

「本当か?」

「ああ」

「喜んでくれるか?」

「当然だろ」


こんなにも深い想いの籠った贈り物が貰える子は幸せだ。

きっと睦月もその子から、この指輪に負けないくらいたくさんの想いを贈られたんだろう。


「モチーフが四葉のクローバーなんだな」

「その、気に入るかと思って」

「幸運の四つ葉か」

「ああ」


はにかむ睦月と見詰め合う。

そうか、お前も俺と同じで、好きな奴がいるのか。

応援するよ。

きっと上手くいく、お前も、俺も。


「睦月はさ、もっと欲張っていいと思う」

「え?」

「お前って自分で思うよりずっと何でもできる奴だから、欲しいなら片っ端から手を出せよ」


大学に進学すれば、今より更に世界が広がる。

モデルの仕事だってそうだ、彫金界隈の職人と、普通の奴より知り合える確率は高いはず。


「想いは伝わる、それが本物なら絶対に」

「健太郎」

「この指輪が、きっと証明してくれる」


睦月の瞳にさっきまでなかった光が宿っている。

あれはきっと自信の表れだ。

お前は顔だけじゃなく性格も、頭だっていいんだから、恐れず何にでも飛び込んで行け。


「うん」


頷いた睦月は、嬉しそうに微笑む。


「サンキュ、やっぱりお前だな」

「おう」

「ん」


不意にガタッと物音がして振り返った。

本棚の影に誰かいる、あれは―――霜月、か?


「はっ、はわ! はわわっ!」


やっぱり霜月だ。

図書委員だから図書室で何か作業でもしていたんだろう。

それにしても慌てているが、どうかしたのか?


「あ、あのっ、し、し、失礼しました!」


何故か頭を下げて謝ると、そのまま小走りで去っていく。

はて?

視線を戻すと睦月も不思議そうに首を傾げる。


「なんか、よく分からんが」

「ああ」

「告白頑張れよ」

「ッツ!」


途端に今度は真っ赤になった睦月は、指輪をポケットに突っ込みつつ「誰にも言うなよ」なんて俺に釘を刺して足早に歩きだした。

おっ、やっぱりそういうことなんだな?


「なあ睦月!」


追いかけてどんな子かそれとなく尋ねても、睦月はだんまりを貫く。

恥ずかしがり屋め。

けど、お前の想いが伝わるように、俺も祈ってるよ。


「しかし淡白なお前がなあ」

「別に、そんなのじゃない」

「上手くいったら紹介しろよ?」

「うるさい」


睦月を冷かしつつ教室へ戻り、縫い途中で放置したままだったテーブルクロスを手に取る。

椅子に座って改めてチクチクと作業を再開しながら、何となく図書室で見かけた霜月のことを思い出していた。

どうして謝ったんだろう。

俺と睦月の話をうっかり聞いたから?

でも大した内容じゃないし、そもそもあんな場所で話していたんだから聞かれて当然、気にする必要ないんだけどな。


そう言えば霜月の悩みは(次回作のアイディアが浮かばない)いわゆるスランプってやつらしい。

人気作家は大変だよな。

面白い作品を世に送り出すほど、周囲は更に期待を寄せる。

プロとしてその声に応え続けなければならないなんて、俺には想像もつかないほどの重圧だろう。


そんな霜月に俺がしてやれることって何かあるのか。

気晴らしに誘うような時間はもう無い、間近に迫った文化祭の準備で連日手いっぱいだ、今だってこうして時間をとられている。

霜月も霜月で何かと忙しくしているだろう。

うーん。

気乗りしないが、ここは野郎どものフォローで票を稼ぐべきか。

一応、それなりに心配でもあるしな。

けど男は自分の悩みくらい自分で解決しろ、俺だってそうしているんだ、甘えるんじゃない。


さっきの睦月はタイミングがよかった。

あの感じからして、暫くは俺との会話を意識するだろう。

磐梯対策はこれで十分、多分。

あと特別審査員に選ばれている野郎は四人。

奴らとも文化祭までにコンタクトを取っておくとしよう。

理央にもそうした方がいいって言われたしな。

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