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野道と転校生 2

「では、残るは霜月君のみだな」

「ああ」

「健太郎、男子の方は本当に放置するつもりなのか?」

「男は自分の悩みくらい自力でどうにかしろ、あっでも、お前は別だぞ、理央」


急いで付け足しておく。

理央はプッと噴き出して「それは光栄だ」なんて笑う。


「では、君は僕の悩みには寄り添ってくれるのかい?」

「あ、当たり前だろ、こうして助けてもらっている恩もあるし」

「ふうん」


何だか含みを感じる反応だな。

でも理央なら幾らだって助けるさ、だって特別だし、好きだから。

男でも薫とは違う意味で俺にとってかけがえのない存在だ。


「そう言えばさ」


コンクリの床に置いていたペットボトルを手に取り、蓋を開けつつ話を切り出す。


「理央が皆の情報を俺にくれたのって、今回ループしたその日だったろ?」

「そうだね」

「随分と手際が良かったよな、いつも俺のために有難う、感謝してる」


急に理央が咽た。

ど、どうした、これ飲め、気管に唾でも入ったか?


「大丈夫か?」

「ああ、すまない」


手渡したペットボトルのお茶をゴクゴク飲んで、理央はふう、と息を吐く。


「健太郎」

「ん?」

「その件に関しては気遣い無用だ、大したことではないからね」

「ああ、でも天ヶ瀬の諜報力って本当凄いよな、たった数時間でピンポイントに個人の情報を集められるなんて、恐れ入るよ」


理央はまた咳き込んで、とうとう俺のペットボトルを飲み干した。

気管に唾が入ると結構咽るんだよな、可哀想に、よしよし。

背中を軽くさすってやりつつ、空になったペットボトルを回収すると、理央は涙目で「すまない」と詫びる。


「いいって、それより平気か?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「そっか」


よかった。

ホッとしついでに「そうだなあ」と呟く。


「まあ、野郎の方も友達だから、一応軽く気に掛けておくよ」

「そうだね、その方がいい」

「ん」


女の子のついでだが、あいつらもまた磐梯の術の被害に遭う可能性があるからな。

それにしても男にまで魅了の術とやらを使うとは。

勝つためとはいえ野郎から好意を持たれるなんて俺ならゾッとしない、磐梯はイイ趣味しているようだ。


昼休み終了を告げる鐘の音が屋上に鳴り響く。

ああ、もう終わりか。

理央と二人きりで過ごす時間はいつもあっという間だ、名残惜しいが、そろそろ教室に戻らないと。


「理央」


少し姿勢を正して理央を見詰める。

長いまつげに飾られた色素の薄い綺麗な瞳も、俺をまっすぐ見つめ返してくれる。


「もうすぐ文化祭、いよいよ奴との決着がつく」

「ああ」

「俺は今度こそ紅薔薇王(クリムゾン・キング)になってみせる」

「期待している、いや、君こそ王に相応しい」

「そうか? 照れるな」


フフ、と微笑む理央にキスしたい。

好きだ。

でもぐっと堪えて、話を続ける。


「なあ、俺はさ、そうやって理央に励まされると、気合が入るんだ」


胸に勇気が湧いてくる。

力が体中に無限に漲っていく。

理央さえ傍にいてくれたら、怖いものなど何もない。


「だから、これからも」


そっと手を取ると、薄桃色の柔らかそうな唇が少しだけ開いた。

手も柔らかい。

節くれてデカい俺の手とは全然違う、白くて滑らかだ。


「隣にいてくれ、今みたいに」

「健太郎」


見詰め合う理央は、少しはにかんで「いいよ」と微笑んでくれる。


「君が望むなら、いつまでも」

「あ、ああ!」

「目を離すと思いがけず命を落としがちだからね、君は、危うげでむしろ放っておけない」

「それは俺のせい? じゃ、ないぞ、多分」


どうして死ぬたびに時間が巻き戻るのか、どうして理央だけ俺と同じようにループの記憶を残しているのか。

一応魔女のせいってことにしているが、実際は何も分からない、謎のままだ。

クスクス笑う理央に釈然としない。

だけど結局、一緒になって笑った。

何だっていいさ、理央が傍にいてくれるなら。

こうして隣で笑顔を見ていられるだけで十分だ。


不意に立ち上がった理央が、改めて俺に手を差し伸べてくる。


「君に、今度こそ紅い薔薇の冠を捧げよう、我が王よ」

「ああ」


その手を握って立ち上がり、見詰め合うと理央は優しい目をする。


「そろそろ教室へ戻ろう、いい加減急がないと次の授業に遅れてしまう」

「だな」


くるりと背中を向ける理央の、色素の薄い髪がふわりと空気を孕んで揺れつつ、陽の光を受けてキラキラ輝く。

―――綺麗だ、好きだ。

理央自身が宝石みたいに眩しい、すぐそこにある細い背中を強く抱き締めたい。

あの白い首筋に顔を埋めて、いつも感じる甘い匂いを胸いっぱいに吸い込みたい。

理央、理央、ああ、理央。

こんなに特別な理央が味方でいてくれる、それだけで俺自身にも価値があるような気がしてくる。


お前のためにも、今度こそ紅薔薇王(クリムゾン・キング)の冠を掴んでみせるからな。

磐梯の野郎に二度と後れは取らない。

そして勝利した暁には、後夜祭でお前と―――


理央の後について歩きながら、色々と思いを巡らせる。


前回、文化祭で磐梯が仕掛けた諸々の小細工に関しては、理央が任せろと言ってくれたから全部預けた。

皆とのデートも基本的には皆を守るためだ。

恩着せがましいことを言うつもりはない。

あのクソ野郎に友達の心を好き勝手されるなんて我慢ならないっていう、俺の個人的理由だからな。

結果としてそれが、あの不条理な敗北を防ぐことにも繋がっているって話だ。

友達を利用するなんて後ろめたい行為を正当化させているだけかもしれないが、その辺りは履き違えないようにしたい。


しかし、磐梯はどうして俺を殺したいほど敵視して、そこまで理央に執着するのか。

元は理央の妹の婚約者候補って話だろ?

その絡みで兄貴の理央を気に入って、だから俺が気に食わないって、どうにもちぐはぐなんだよな。

第一、男なら真っ向勝負を挑めよ。

理央に認められたいから俺を潰すってなんだ、それで理央が自分を見るとでも思ってるのか。

他人の足を引っ張るような真似しか出来ない三下に負けたなんて思うとますます癪だ。

俺が理央を誑かした?

はっ! だったらお前も誑かしてみろ、やれるもんならな。


俺達の争いは、周りからは俺が理央の代理人として、磐梯と転校を賭けて紅薔薇王(クリムゾン・キング)の冠を奪い合っていると思われている。

だが実際はそうじゃない、これは男同士の矜持を賭けた戦いだ。

前回はしてやられたが、次はそうは行かない。

今度こそ勝つ。

磐梯、お前にしっかり分からせてやる。

一週間後の文化祭で薔薇の冠を頂くのは、今度こそ、この俺だ。

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