実力主義、弱肉強食
「ベルガ、我が剣よ」
「はっ」
私室に呼ばれてやってくればこの雰囲気。
アルル様もよくやるな、なんて思ってしまう。
思わずというか、慣れてしまったと言うべきか。
片膝を付き頭を垂れる俺の姿も、サマにされてしまったよ。
「楽にしてください。どうやら東部前線付近にて、ダストコープスの製造所があるようです」
俺のことを自分の剣だと口にすれば、身にまとった雰囲気が普段の穏やかなものから一変する。
ある意味アルル様にとってのスイッチなのだろう、この国を治める王としての発言をするための。
「俺に製造所を制圧せよ、と?」
「そう言えるほど愚かであったのであればよかったのですが。製造所制圧はカタリナに、ベルガにはその護衛を任せたく思っています」
「カタリナに……? いえ、俺に否はありませんが。その間、アルル様の親衛は如何いたしますか?」
個人的に、製造所制圧に関してはてっきりメルの魔法剣士隊を差し向け、試金石にすると思っていたんだけどな。
「トリアに任せたく考えています」
「なるほど、適任かと。少なくとも御身だけであるのならば守り抜くでしょう」
うん、今のトリアになら安心して任せられる。
アーノイドさんたちが帰ってきてから五日、現状は一言厳しいと言えるだろう。
二日前に王都へ詰めていた騎士団と魔法兵団が東部前線へアーノイドさんとともに出立した結果、街中の治安維持がまず大変になった。
カタリナが編成した近衛兵団が騎士団の代わりに王都治安維持に努めているが、さすがに本職じゃない。
散発的に発生するダストコープス中毒者が暴れる事件への対応は後手後手、辛うじて人的被害は出ていないといったところ。
シェリナ率いる諜報メイド隊が根本を掴もうと頑張ってくれているが、なかなか尻尾を手繰り寄せられない。
そんな中でもこの短期間で製造所の場所を突き止めたことは流石というべきだな。
大本さえ潰す事ができたのなら、いずれ街に流れてくるブツも無くなるのだから。
「しかし、近衛兵団を指揮するカタリナが離れては街中の治安維持に不安が残るのでは?」
「……本音を言えば、製造所制圧へは魔法剣士隊を差し向けたかったのですがね。まだ、厳しいの一言でしょう」
「あぁ、なるほど」
難しい状況へ厳しい対応を強要されていると。
魔法剣士隊はまだまだ隊としてまとまってはいないってアルル様とメルは判断しているのな。
人数こそ十名を超えてまずまず集められたようだけど……まぁこの短期間ですぐ動かせられるようになるわけでもないか。
「ベルガ」
「はっ」
「十日後、わたくしは前線へと兵の慰安を名目に向かいます」
「……それまでに、間に合わせろと」
見えてきた。
先行したアーノイドさんたちは前線を最低限アルル様を迎えられる状況にしようとしているだろう。
準備が完了する目算が十日、日取りを合わせてアルル様がトリアと共に前線へ到着する。
街中の警備、治安維持は近衛兵団が魔法剣士隊と共にメルの指揮で行われるといったところか。
つまりは俺とカタリナで、アルル様が前線へ到着するまでにダストコープス製造所を制圧し、前線へ合流できるようにしろということ。
「総力戦になりますね? 千年戦争構想はどこにいったのやら」
「もちろん見えております。しかし、今は土台作りの時。何事も基礎や骨組みをしっかりせねば瓦解してしまいましょう」
そう言いながら微笑むアルル様だが、疲労の色は拭えない。
はっきり言って、急激な改革、あるいは変革と言えるだろう。
強いやり方ではあるが、自分がついていけていないようにも見える。
土台作りと言えば聞こえはいいが、出来上がっていたものをぶち壊した上に作り直しているんだ。
言葉は悪いがある意味自業自得、自分で買った苦労だ。弱音は見せられない、いや、見せてはいけない。
「……はぁ、あなたは誤魔化せませんね」
「はい?」
「顔ですわ。大丈夫かよこいつといったような表情をされていましたわ」
「それは申し訳ありません」
正直に言えば急ぎすぎているというか、もっとじっくりやっても良かったんじゃないかと思っているのは否定できない。
魔法派、剣派。
共に褒められたような派閥、組織ではなかったかもしれないが、少なくとも国という形は維持できていたし、維持に必要な歯車であったことは確かだ。
無理やり引っこ抜いてしまえば誰だってこうなるってくらいは見えていたはず。
「もちろん仰りたいことはわかります。急ぎすぎ、あるいは自業自得と言いたいのでしょう?」
「憚らず言うのであれば、その通りです」
うん、自覚も当たり前にあるよな。
だからこそ余計にわからない。
手を打てない時間が長くなればなるほど腐敗ってやつは進んでいくのは想像できる。
現に、左遷に近い形で追いやって間を置かずダストコープスの件しかし、東部前線瓦解の危機が発生した。
逆に言えばいつでもそうできるようにと準備されていたということだ。
「わたくしたちは強くならなければなりません」
多くの疑問が頭にある中、アルル様は俺の目を真っすぐに見て言った。
「お父様はあなたに変革の時を見ました。平民を国の中枢へ据えることで、貴族といった権力の衣ではなく、中身や能力こそが重要視されるべきであると示すことを考えられた」
「実力主義社会、というやつですね?」
「そう。実力主義社会とは言い換えるのであれば弱肉強食の社会です。その時、弱き者が強き者の上にいるようなことがあってはならない」
理解はできる。
弱肉強食とは穏やかじゃないが、構造的に身分というものが強さを超えた特権としてあった結果が腐敗なのだ。
長期的な現状打破を考えるなら、貴族制度自体から見直す必要はあるだろう。
「これこそが自業自得と言えますが。お父様が元より構想、考案自体はされており、スムーズな移行のためにしていた準備を台無しにしたのはわたくしです。であればこそわたくしは、誰よりも強くは難しくとも、誰からも強いと認められる存在にならねばなりません」
……喉元過ぎれば熱さを忘れる、か。
強引かつ無理やりともいえる今の動きは、急激な改革を成し遂げ、より国を強く豊かにし、王としての強さを示したいわけだ。
「前陛下が俺に寄せていた期待の正体がわかって何よりと言ったところです」
「うふふ。もちろん、わたくしの夫へと言う期待もありますわよ~?」
「それはまた別のお話ですね」
「つれないですわ~」
どこまで本気なのかはわからないけどさ。
弱肉強食を謳うのであれば、魅力というもので俺を負かしてから言って欲しいとも思う。
「ともあれ」
「ええ、本格的に反撃へと移ります。ベルガ、わたくしの剣。まずはカタリナのこと、頼みましたよ」
「御心のままに」




