テレシアの散歩 後編
「前線では騎士たちのみが戦っている、と?」
「あぁ。一般兵……特に魔法兵団の動きが悪い。自分とシェリナ殿の視察で幾分回復しただろうが、それでも一時的な改善でしかないだろうな、このままでは東部の領地が切り取られる」
頭の痛い話だ。
十中八九、前将軍ガイ殿と前宰相ノルドラ殿の手引きによるものだろう。
アルル陛下を疑っていたつもりはなかったが、自分の目で確かめてしまえばショックは大きかった。
「それほど、ですか」
ただ自分以上にショックだろう、沈痛な面持ちで俯くのはビスタだ。
ガイ殿……いや、ガイに目をかけられ可愛がられていたからこそ余計に。
「ビスタ。気持ちがわかるとは言えないが……」
「いえ将軍、不甲斐ないところを見せて申し訳ありません。僕はもう騎士団長です、状況を打破するための一手を考えましょう」
……成長したな。
心の中でまだ思うところはあるだろうに、飲み込んだ。
これもベルガ殿との訓練があったからこそだろう、上には上がいることをしかと受け止め、少しでも近づけるようにと心を改められた結果だ。
「それでこそ、だ。強くなったな」
「よしてください。こんなところで満足していたら、あの人に笑われてしまいます」
それもそうだ。
自分も、ビスタも。
まだまだ途上の身であり、満足していたのならあっという間にベルガ殿は先へと進んでしまう。
「よし。打破するための一手だがな、シェリナ殿がこちらに来てくれる。街で起こった事件のことも合わせ、諜報部隊長としての意見を伺いながら――っと、来たようだな。どうぞ」
話している内にノックの音が響いた。
「失礼いたします。お客様をお連れしました」
「よく来てくだ――うん? お客様?」
「失礼いたします、そしてお初にお目にかかりますアーノイド殿。わたしは、ベルガ様を主と仰ぎます、ご主人様の愛剣であり愛犬、愛人のテレシアと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
「あ、あ……えぇ?」
ビスタが口をぱくぱくと。
いやいや、これこそ気持ちはわかる、だ。
「て、丁寧な挨拶痛み入る。じ、自分はアーノイド・フェイ・トール・ガラクルスと申す者。ベロニカの将軍を預かっております」
誰だこの美人は。いや、何処の国の姫だ。
咄嗟に新しく陛下から賜ったトールの名を忘れず言えた自分を褒めてやりたいぞ。
「え、えぇと? べ、ベルガ……いや、その、剣聖殿の、あいけん? あいじん? も、申し訳ありません。ベルガ殿の、奥方様で、いらっしゃる?」
あ、あぁ、ビスタ、素晴らしい問いかけだ。
いやはや、自分も知らなかった、ベルガ殿がこんなに美しいご婦人を娶っていたなど聞いていない。
「ほぉっ! ただのハゲと思っていたこと、謝罪しよう。いい響きだな奥方とは……しかし、残念ながらわたしは言ったように愛剣であり愛犬、そして愛人だ」
「は、はげ……」
……こっちを見るな、ビスタ。自分にも、よくわからない。
というか犬、だろうか? 頭に耳が生えているし尻尾もあるぞ?
「申し訳ありません、アーノイド様。しかし、我々にとってはこの上なく心強いお味方ですので……さぁ、話の続きを、致しましょう。テレシア様も、よろしいですね?」
「構わない。アーノイド殿、ご主人様のご友人。あなたの力に、なりましょう。もちろん、わたしとご主人様が許す範囲ではありますが」
「う、うむ。それは、なんとも、心強い」
正直混乱しているが、ベルガ殿に連なる方というのであれば。
うん、手を貸して頂こうではないか。
「なるほどな。前線は瓦解まで秒読み、補充戦力であるはずの騎士団は、先の中毒者への対応で身動きが取れず、か」
「あぁ。シェリナ殿からの報告にもあったが、ダストコープスなる薬物は王都外部から入り込んでいる様子、恐らくフリューグスの手による仕掛けだろう。王都の治安維持に手を回させ、その間に前線を押し込む」
「押し込んだ際にガイとノルドラを捕虜とし、違和感なく自国へ領土と共に吸収と言ったセンが濃厚でしょう。現在は諜報メイドたちを使い、裏を調べている最中です」
「ふん……小賢しいな」
中々どうして。
話が始まれば雰囲気が一変した。
「アーノイド殿。具体的に前線はあとどれくらい保つでしょうか」
「相手の出方にもよるが、二週間といったところか」
白い胸元が大きく開いた、花嫁を思わせるドレスを纏っているのにも関わらず、雰囲気は歴戦の戦士。
女を強く意識させられていた自分が恥ずかしい、まさしく彼女は戦いに生きる存在だと改めた。
「シェリナ。ダストコープスの出所を掴むのに必要な日数は?」
「五日……いえ、三日頂戴できればと」
彼女はベルガ殿を記憶するモノだと言った。
ベルガ殿の一瞬前のベルガ殿だとも。
詳しいことは未だにわからないが、ベルガ殿に限りなく近い位置に存在するモノだ。
「ビスタ。捕らえた中毒者たちは?」
「は、はい。情報を吐かせようとしてはおりますが、虚ろな目をしてブツブツと意味のない言葉を紡ぐだけでして……望み薄かと」
つまるところ。
「わかった。では、わたしの考えを話そう」
「伺いたい」
ベルガ殿の考え方を聞けるということだ。
「騎士団はすぐに前線へ出立。治安維持は近衛に一時任せる。シェリナが情報を掴み次第、メルが現在編成中の魔法剣士隊で薬物をばらまいている組織壊滅を図り、そのまま前線へ合流。あぁ、心配されずともご主人様も同じことを言うはずです」
「……なるほど」
一言でいえば、かなり前のめりで大胆な動かし方だ。
近衛に街を任せるということは、陛下の周りが薄くなるということ。
今の治安に不安の残る王都でやるには少しどころか、かなり危険で博打と言っていい一手だろう。
「陛下の身辺警護に不安が残るのでは?」
「知らん。と言いたいところだが、あの女狐も同じことを言うだろうな。何より前線の戦いを大きく動かす際には自分がエサになると言ってのけるバカだ。愚かだが……あいつが行けば、ご主人様も必然的に行く。少なくともあのおっぱいお化けの安全は間違いない」
な、なるほど?
陛下のことが嫌いだということは十分以上に伝わってきたのは良いが……いや、良いのか? まぁいい。
確かにベルガ殿の傍こそが一番安全な場所であることは自分も疑えない。
「タイミングが、難しいですね」
「ええ。我々騎士団の動きは単純ですが、前線にたどり着いてからが大変でしょう。皆様が来るまで戦線を維持できるか」
難しいことは確かだが、ここまで追い込まれている状況だ。
無理難題の一つや二つ、押し通さねばなるまい。
「どの道、座しているだけで得られるものは破滅のみだ。テレシア殿の意見を纏め、陛下に具申する」
「……ほう」
そういえば、テレシア殿が一つ目を瞬かせて。
「やはり、ご主人様のご友人。あなたのような方と話すことができて、実に有意義でした。これからも我が主の良き友人でいらしてくださいませ」
「じ、自分の何を買われているのかはわからないが……自分がベルガ殿の友人とは光栄なことだ。その名に恥じぬようこれからも精進することを約束しよう」
面映ゆいが、ベルガ殿の友人、か。
うむ。
そう思えば何でもできるような気になるのが不思議だな。
「よし。それじゃあ細部を詰めよう。シェリナ殿、ビスタ。そしてテレシア殿。よろしく頼む」




